2009年11月30日

塚崎 公義

 

景気回復は円高に耐えるか



(はじめに)
 今次不況の原因であった輸出が回復しつつあり、それにつれて生産が回復しつつあり、それにつれて遅行指標である失業率も低下し始めています。 こうして日本経済が回復基調が定着したと思った時に急激な円高に見舞われているわけですが、景気回復は円高に耐えるのでしょうか。今回は、円高の影響について考えてみましょう。


(景気は回復基調だが)
 景気は、ひとたび回復をはじめると、売上回復→消費者コンフィデンス回復→消費回復→売上回復、売上増→雇用増→所得増→消費増→売上増、といった好循環により回復を続ける性質があります。 したがって、景気の水準は未だに低いですが、このまま何事もなければ方向としての回復が続き、遠からず不況から脱するでしょう。
 「政策による下支えに頼った回復なので、下支えが無くなれば二番底が来る」といった悲観論も聞かれますが、そのような状況で政府が下支えを外すという事は考えにくいでしょうから、これは杞憂です。 新政権の官僚叩きが昂じて予算編成作業が滞る、といったリスクもありますが、現在の所は大きな混乱は見込まれていません。 民主党による「バラマキ」が景気刺激的な好影響をもたらす事も予想されています。
 (短期的にはバラマキが望ましい事については、拙稿「国債増発は必要なコスト」を御覧下さい)。
 もっとも、安心は禁物です。 景気の回復初期は、病み上がりの病人のようなもので、少しの打撃が加わっただけで景気が腰折れしてしまう可能性があり、景気予測には神経を使う時期なのですが、そうした時に急激な円高が進むとすると、景気の腰が折れる可能性があるからです。 「円高によるデフレ」と「円高による輸出入数量の変化」に分けて考えてみましょう。


(円高のデフレ効果)
 円高による輸入物価の下落が消費者物価を下落させ、「デフレが深刻化する」と懸念する人がいます。本当でしょうか。
 そもそも、今はデフレなのでしょうか。 消費者物価指数の前年比は2.5%と大幅な下落を示していますが、これはエネルギー価格が大幅に下落したこと、昨年末に物価が下落したこと、によるものです。 あまり知られていませんが、食料とエネルギーを除いた消費者物価指数は、年初からほぼ横這いで推移しているのです。
 今次円高でデフレは進むでしょうか。 輸入原材料価格の下落率が消費者物価の下落率に及ぼす影響はわずかです。 企業の生産コストは輸入原材料、国産原材料、人件費などの合計ですから、輸入コストが下落するほど製品価格は下がりません。 小売価格は仕入れ価格と人件費などの合計ですから、一層下がりにくくなります。 しかも、企業がコスト下落分を売値に反映させずに円高差益を懐に入れる場合もあるでしょう。
 非常に大雑把な計算をしてみましょう。 輸入がGDPの1割とすると、消費財、投資財、輸出財の価格に占める輸入コストの割合は1割だと考えてよいでしょう。 仮に10%の円高が進むと、物価は1%下落することになります。


(デフレの景気への影響)
 輸入物価の下落により国内物価が1%下落したとして、それは景気に悪い事なのでしょうか。 物価が下落する事は、消費者にとっては実質所得の増加ですから消費量を増やす要因となり、景気にはむしろプラスです。 売り手にとっても、コスト低下と売値下落が見合っていますから、悪い話ではありません。
 「物価の下落は実質金利を押し上げるので景気にマイナスだ」という人がいますが、どうでしょうか。 実質金利は「金利マイナス予想物価上昇率」です。 円高は、タイムラグを伴なって将来の物価を引き下げる事を予想させますから、実質金利が上昇する事は疑いないでしょう。 したがって、理論的には景気にマイナスに働き得ると言えるでしょう。 しかし、実際にはどうでしょうか。
 人間の行動として、金利が1%上昇した場合と予想物価上昇率が1%低下した場合の影響は大きく異なるように思われます。 銀行借入の金利が1%上昇した場合には、心理的な抵抗感から借入による投資や消費が減少する事もあるでしょうが、予想物価上昇率がマイナス1%になった場合には、心理的な抵抗感は比較的小さく、買い控えは起こらない、と思われるからです。 「1000円の物が1年待てば990円になると考えて買い控えをする」消費者や企業家はどれほどいるでしょうか。 ほとんどいないと思います。
 理論的ではない、と言う御批判を頂戴しそうですが、このあたりは最近流行の「行動経済学」が解明してくれる事を期待しましょう。


(輸出入数量)
 円高がデフレを通じて景気を圧迫する効果は小さそうですが、輸出入数量を通じて景気を圧迫する効果は、大きいかもしれません。
 円高になると、輸出が困難になる一方で、輸入が増えてただでさえ少ない国内需要を食ってしまいますから、国内企業の生産にはダメージとなります。 生産が減れば雇用が減り、消費が減り、景気は更に悪化するでしょう。
 問題は、どの程度円高が進むのか、それにより輸出数量がどの程度減るのか、輸入数量がどの程度増えるのか、という事ですが、これは難しい問題です。 10%程度の円高は過去にも何度もありましたが、「日本製品は品質が高いので高くても買いたい」という海外の需要に支えられて、輸出数量の激減は避けられて来たことを考えれば、今回も影響は小さいかもしれません。 しかし、消費者が低価格志向を強めている事を考えると、輸入品の値下がりが国産品から輸入品へのシフトを加速する可能性もあります。
 今一つ判断が難しいのは、激減した輸出が回復する力は非常に大きいので、円高による実質純輸出の減少(=輸出入数量を通じた景気へのマイナス効果)など気にならない、と言えるのか否かです。 半減した輸出数量が2年か3年で回復するとすれば、増加スピードは非常に早いでしょうから、円高によるマイナス効果はこれに隠れて見えない、という事も考えられるでしょう。
 実質実効為替レート(為替レートの変動に加え、諸外国との物価上昇率格差も考慮して求めた輸出困難度指数)をみると、過去20年の平均近辺に位置しており、水準としては、それほど厳しい水準ではありません。 しかし一方で、過去1年間で急激に困難度が増しており、これがどのように影響するのか、といった点も重要になります。 (暖冬に慣れた体にとって、平年並みの寒さに戻る事の打撃は大きいかも知れない、という事でしょう)。
 こうした判断は、スーパーコンピューターと経済学理論を駆使しても正しい答えが出るわけではなく、エコノミストたちの長年の経験と勘に頼るしかありません。
 筆者としては、どちらかと言えば引き続き強気を続けたいと思います。 したがって、景気は回復を続け、二番底は経験しない、と予想します。 もっとも、昨今の情勢は、長年の経験と勘が当てにならない面も大きいため、「あまり自信のない強気論」といったところでしょうか。

 今回は以上です。

 




 


以 上

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