2012年01月01日

塚崎 公義

 

欧米の政策に要注意



(はじめに)
あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。

筆者は数年前から、「日本経済は少子高齢化の過程で労働力需給が均衡する黄金時代を迎える」と主張してきました。 日本経済は恒常的な需要不足(=供給超過。失業の原因)に悩んで来たので、少子高齢化による労働力人口の減少が供給過剰を緩和し、 人々が失業に悩まない時代が来る、というわけです。この考え方自体は、今でも正しいと考えています。
実際には黄金時代は到来していませんが、それは、リーマン・ショックや大震災といった「外的要因」が国内経済をトレンドから乖離させてきたからです。
では、今年はどうなるのでしょうか。 引き続きトレンドは黄金時代の方角を向いていると思われますが、引き続き外的要因には要注意です。 特に、欧米諸国の「政府の失敗」により日本の景気が失速するリスクについては、例年以上に注意しておく必要があるでしょう。


(緊縮財政志向)
ギリシャ危機を契機として、世界的に緊縮財政志向が強まっています。 景気が悪い時に緊縮財政政策を採れば、景気が一層悪化して税収が落ち込み、財政再建が進まない中で景気だけが悪化していく、 という事態が容易に想像できるわけですが、実際の政策がそうした理屈では動かない可能性も小さくないのです。
日本国内を見れば、幸か不幸か民主党政権が大衆迎合的な性格であるため、緊縮財政の懸念は小さいでしょう。 むしろ今年は復興需要から財政が景気にプラスに働くと思われます。しかし、欧米はそうではありません。

米国には、もともと小さな政府を信奉している人が数多く存在していますが、最近になって彼らの政治的な発言力が強まりつつあります。 こうした政治的な信念は、「政府規模の縮小は景気にマイナスである」などといった近視眼的な関心とは別次元のものですから、 景気を理由に彼らが妥協する事はあり得ないでしょう。
こうした中で、今年は大統領選挙があるわけですから、共和党の候補者の中には彼らに接近を図ろうとする人が出てくるでしょう。 議員も多くは改選されますから、選挙を睨んで緊縮財政的な主張をする議員も増えてくるでしょう。
米国経済は未だに住宅バブルの後遺症に悩んでおり、雇用の回復も思ったように進んでいない「病み上がり」状態にありますから、 緊縮財政が景気を再び悪化方向に転換させてしまうリスクも無視できません。

欧州の状況は更に深刻です。イタリアやスペインは勿論のこと、 他のユーロ圏諸国も財政赤字削減が遅れると市場の標的になりかねないという恐怖心から財政再建に取り組もうとしているからです。 「わが国がギリシャのようになってもよいのか」という脅し文句は緊縮財政派にとって強力な武器であり、 景気重視派を黙らせる力を持ちつつあるのです。
緊縮財政派を有利にする要因が、欧州には今ひとつあります。 欧州諸国の経済がお互いに密接に連携しているため、ある国が緊縮財政政策を採用した場合に景気悪化を通じて税収が減少する効果が、 当該国に限定されずに近隣諸国に広く分担されることです。 つまり、日本や米国の場合と比べて、個々の国にとっては緊縮財政が(近隣諸国に負担を押し付ける事によって)財政再建に結びつき易いのです。
各国政府にとっては、隣国が緊縮財政によって失業を輸出して来た時に、自国が積極財政で隣国の失業者を救ってやる、 という選択は出来ません。全部の国が協調して積極財政を採る事は出来ないとすると、結局全部の国が緊縮財政を採用し、 全部の国が不況になる、という可能性が高いと考えておくべきでしょう。


(市場の思惑と政府の思惑)
イタリアやスペインがギリシャのように借金返済不能に陥る可能性は、決して大きくないでしょう。 しかし、仮にそうした事態に陥った場合には、ドイツやフランスが救済することは困難です。 経済的にも容易ではありませんが、何よりも政治的に困難です。他国の借金を返済するために自国民の血税を用いるという事は、 よほどの理由が無いかぎり選挙民が許さないからです。
こうした事を市場が予想している場合には、ひとたびイタリア等の国債価格が暴落すると、 売りが売りを呼んで歯止めが効かなくなる可能性があります。 こうした時に、「ドイツやフランスが救済するかもしれない」と市場が考えるか否かが非常に重要なのです。
「他の市場参加者がイタリア等から資金を引き揚げていて、イタリア等を助けようという人はいない」と多くの市場参加者が考えれば、 誰もイタリア等に資金を提供しなくなるので、実際にイタリア等は破綻することになります。 ここで重要なことは、実際にイタリア等の財政状況がどうであるかと無関係に、市場の噂だけで破綻してしまう可能性があるということです。 銀行の取り付け騒ぎが誤った噂でも発生し得るのと同様です。
銀行の取り付け騒ぎに関しては、「預金保険制度」「日銀による融資」「政府による救済」などの選択肢が用意されているため、 預金者たちが取り付けに走るインセンティブが抑制されていますが、イタリア等の危機に際しては、 ドイツなどが救済しないと市場に見透かされていると、「取り付け」が発生する可能性が格段に高まるのです。
イタリア等の政府が破綻すれば、リーマン・ショック以上の衝撃を世界経済に与えるでしょうから、 本来であれば世界中の国が協力してイタリア等を救済する(対価としてローマの遺跡をすべて融資団の所有とする)といった対策が望まれるのですが、 市場が実効性を信じるような枠組みは、現状では望み薄だと言えるでしょう。


(金融機関救済)
リーマン・ショックは、米国政府がToo Big to Failの原則を無視してリーマンを見殺しにしたという、 史上最大級の「政府の失敗」でしたが、今次局面でも同様の失敗が生じないとは限りません。
まず、イタリア等の国債の市場価格が暴落して、国債を大量に保有している銀行などが破綻の危機に陥る可能性があります。 そして、それを政府が救済しない、という可能性が以下のように考えられるのです。

米国では、国民の血税で救われた金融機関が再び高額の役員報酬を支払っており、納税者や議員たちが腹を立てています。 ついては、次に破綻の危機に陥った金融機関が救済されるか否か、政治的には非常に難しい判断なのです。
銀行を救済しないと結局は一般国民が困るのですが、有権者たちには「税金で銀行を救う。その結果銀行役員が高額報酬を得る」としか見えないのです。 リーマン・ショック後の金融機関救済策に対しても、納税者は反対したのです。
それでも米国の場合には救いがあります。合理的に考えれば、金融機関を救うためのコストを米国政府が負担しないと、 米国経済に致命的な打撃が加わりかねず、救済のベネフィットが救済のコストを上回る事が予想されるからです。

欧州の場合、隣国からも巨額の預金を受け入れている銀行が数多くあります。こうした銀行が破綻するとその悪影響は近隣諸国にも幅広く及びますが、 当該国の受ける悪影響だけに限ればそれほど大きいとは限りません。 そうなると、ある銀行を当該国政府が救済する場合のコストと救済しなかった場合の当該国の被害だけを比較すると、コストの方が大きくなる可能性もあります。
「自国の銀行が破綻した場合には、当該国政府が隣国が受けた被害を賠償しなければならない」、といった決まりがあればよいのですが、 そうした決まりはありません。そうなると、当該国は銀行を救済しない事が合理的な判断ということになり得ます。 結果として、「欧州全体あるいは世界全体を考えれば救済されるべき銀行が、各国の国益を考えると救済されない」ことになるのです。


(日本には深刻な打撃も)
米国政府の失敗が日本経済に与える影響を考える際には、「リーマン・ショックで最も景気が落ち込んだのは米国ではなく日本であった」 という事を思い出す必要があります。
第一に、米国経済がサービス化しているため、米国人の需要が減った時に日本の製造業の需要が減ったのです。 たとえば、米国の消費者は、日本車を買わなくなった一方で米国人自動車修理業者への依頼は減らさなかったのです。
第二に、米国人が倹約したことにより高品質高価格の日本製品から低品質低価格の中国製品に需要がシフトしたのです。
第三に、設備機械の輸出が激減したのです。製品需要が少し落ち込むと設備投資が大きく落ち込む事が知られていますが、 これにより世界中の設備投資が落ち込み、日本が競争力を誇っている設備機械が売れなくなったのです。
第四に、米国が不況対策として金融緩和をした事で日米金利差が縮小し、ドル安円高となったのです。 ドル安円高は、景気過熱時にはインフレを抑制する望ましいものですが、不況時には失業を増やす困ったものなのです。
第五に、国際的な金融収縮により資金が途上国から流出したため、韓国ウォンが安くなり 、日本製品の競合相手である韓国製品の価格競争力が強まったのです。
今回も、米国景気が減速すれば、同様の事が生じる可能性は充分にあります。 円高については、日本政府が徹底した介入を行なう姿勢を見せていますが、これも米国が政治の季節を迎えることで米国政府からの横槍がはいる可能性があり、 予断を許しません。

欧州経済は、日本経済との関係がそれほど密接ではありませんが、それでも充分な注目を要するでしょう。 それは、米国に比べて欧州の方が遥かに抱えている問題が深刻であり、しかも主権国家の利害が錯綜しているために政治的に解決が難しいからです。
米国では、通常程度の不況は予想できますが、金融危機といった深刻な事態に陥る可能性は大きくないでしょう。 しかし、ユーロ圏では、主権国家が互いに自国の利益を追求してユーロ圏全体の利益を犠牲にするような事態に陥りかねず、 そうなった場合には各国政府の足並みの乱れを投機筋に突かれて金融市場が大混乱に陥る可能性も考えられます。 欧州の金融市場が混乱すると、ユーロ安円高となり、これまた日本製品と競合している欧州製品が世界市場で競争力を増すことにもなりかねません。

現在のところ、各国とも景気はそれほど悪くありませんので、経済指標を見るかぎりにおいては、今年の日本経済は緩やかな回復軌道を保つと考えてよいでしょう。
しかし、上記のように欧米諸国の政治が日本の景気を腰折れさせるリスクには注意しておく必要があるでしょう。
市場関係者にとっては様々な要因で市場が動き得るエキサイティングな年になる可能性もありますが、エコノミストにとっては、 通常の景気予測手法が使えない、辛い一年となりそうです。

今回は以上です。

 




 


以 上

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