2012年02月02日

塚崎 公義

 

新たな成長段階を迎えた中国経済



(はじめに)
 中国経済は、目覚ましい発展を続けて来ました。 中国経済の専門家たちは、「こんな成長が続く筈がない」との思いから、様々な理由を挙げて高度成長の終焉を予想してきましたが、悉く外れて来ました。
 これに対し筆者は、中国経済の専門家ではありませんので、日本の高度成長期との比較をしながら中国の高度成長が当面続くと予想して来ました。 (たとえば2004年9月の拙稿御参照)。これまでの所、比較的予想が当たっていますが、これは単なる幸運だけではなく、傍目八目的な面もあったのではないかと考えています。(筆者が専門とする日本経済の見通しは頻繁に外れていますので、全体としてみれば決して威張れたものではありませんが)。
 そこで、恥知らずにも再び中国経済の中期展望を記してみようと考えたのが本稿です。最近になり、中国経済は労働力余剰時代から労働力不足時代に突入し、賃金水準が上昇しはじめました。従来の想定と異なる状況になったので、改めて今後について論じる必要があると考えたからです。
 専門家の間では、賃金コスト上昇を問題視する論調が目立ち始めたほか、高度成長から安定成長への移行と少子高齢化が同時進行する事の困難さを懸念する声も聞かれます。「中所得国の罠」などという新しい制約論も登場し、相変わらず悲観論が幅を利かせている状況です。しかし、筆者の基本的なスタンスは、引き続き楽観的です。


(これまでの成長の要因)
 経済が成長するためには、需要と供給がバランスよく拡大していく必要があります。供給は、機械化による生産効率の向上により順調に拡大しました。農業も工業も機械化により生産性を大きく向上させましたし、生産性が比較的低い農業から比較的高い製造業に労働力が移動した事も、経済全体としての生産性を高める効果を持ちました。
 需要面では、個人消費よりも投資と輸出が大きく伸び、全体として見れば供給と概ねバランスよく伸びて来ました。個人消費の伸びは供給の伸びに追いつきませんでした。労働力の供給が無尽蔵であったため、経済が成長して雇用が増加しても賃金水準が上昇せず、個人所得が伸び悩んだからです。
 これを補ったのが活発な投資です。成長率の高い経済に於いては、投資機会が豊富であり、国内外の企業が活発に投資を行ないました。また、政府部門も、高い成長によって税収が潤沢に得られた事などを背景に、活発な投資を行ないました。
 供給力と個人消費の間のギャップを埋めた今一つが、輸出です。労働力が安価で豊富に得られた事から、中国経済は労働集約的な低付加価値品に比較優位を持っていますが、為替を自国通貨安水準に維持する事により、このメリットを最大限に享受したというわけです。ちなみに、中国の為替レート自体は、以前に比べて自国通貨安になっているわけではありませんが、工業化が進んだ今になっても、輸出産業に乏しい途上国であった時代のレートが基本的に維持されているという事は、輸出が従来よりも格段に容易になっている、という事を意味しているわけです。


(成長パターンの変化)
 最近になり、こうした成長のパターンが大きく変化しようとしています。無尽蔵に思われた労働力が不足しはじめ、それに伴って賃金が上昇をはじめたのです。
 農業から製造業やサービス業への労働力移動が従来ほど活発ではなくなりました。移動がすでに相当程度に進展したため、新たな移動が減ったということでしょうが、政府の農村対策(「三農対策」)などにより出稼ぎの必要性が低下した事も影響しているようです。
 一方で、都市ではサービス業が大量の労働力を必要とするようになってきました。経済の発展に伴なって経済活動が第一次産業から第二次産業、第三次産業へとシフトしていく、という流れに沿ったものです。
 内陸部の都市が発展して雇用を吸収するようになったために、製造業が集積している沿岸部に労働力が流れにくくなった事も重要な変化でしょう。
 この結果、労働力需給が引き締まり、賃金が上昇しはじめた、というわけです。技術者やホワイトカラーなどの賃金は従来から上昇していましたが、ここに来て「世界の工場」を支える単純労働者の賃金が上昇し、労働集約型製造業の企業倒産が増加するなど、高度成長を支えてきたメカニズム自体が従来とは異なった様相を呈しはじめているのです。

 これについては、中国の高度成長の終焉といった否定的な捉え方をする論調が多いようですが、筆者は肯定的に理解しています。第一に、「豊かになれる人から豊かになろう。それから皆で豊かになろう」という改革開放路線が成功し、前段から後段に移行しはじめたのですから、賃金の上昇は喜ばしいことなのです。
 第二に、輸出と投資に比べて個人消費が弱いと言われている中国経済にとって、賃金上昇が個人消費の増加をもたらす事は、バランスのとれた経済成長を持続していくためにプラスの材料となるのです。
 第三に、労働集約型製造業の倒産は、中国経済が高付加価値型製造業やサービス業にウエイトをシフトしていくプロセスで必要な事ですから、懸念ではなく歓迎すべき事なのです。日本のように恒常的な労働力余剰経済に於いては倒産は失業の一層の増加をもたらす望ましくないものですが、人手不足経済における労働集約型企業の倒産は、そうではないのです。


(日本の高度成長期)
 現在の中国は、日本の高度成長期後半と似ています。活発な設備投資で生産能力を高め、新しい工場で大量の製品を作って輸出し、高い経済成長で人々の生活が豊かになっていきました。人々は国の将来と自分の将来の生活に明るい希望を持っていました。一方で高度成長の歪みである公害問題が深刻化していました。
 日本の高度成長期の後半は、慢性的に労働力が不足して賃金が上昇していました。この面では中国の人手不足は始まったばかりであり、高度成長が今しばらく続くと考える要因となるでしょう。
 日本の高度成長末期には、技術レベルが相当高度化し、先進国との差はそれほど大きくありませんでした。したがって、従来のように先進国の技術を導入あるいは模倣するだけで生産性が大きく向上する、という段階は終わっていたのです。この面では中国の技術レベルは先進国とは大きな差がありますから、まだまだ先進国の技術を導入あるいは模倣する事で成長を続けていく事は可能だと思われます。
 一方で、日本の高度成長末期には成長一辺倒の価値観に変化が見られはじめ、「国土の均衡ある発展」「福祉元年」といった言葉が注目を集めました。これは、弱者に資源を配分する余裕が出来てきた事を示すと同時に、資源を成長のために最適な分野に配分する方針を転換したわけですから、成長率を低下させる要因となりました。現在の中国が「和諧社会」を目指している事を考えると、高度成長の末期から安定成長期入りした頃の日本と似ているようにも見えます。
 日本の高度成長期には、第一次産業から第二次産業に労働力がシフトし、安定成長期には第二次産業から第三次産業に労働力がシフトしました。このシフトがマクロ経済としての労働生産性上昇率を低下させたとともに、需要面でも設備投資を減少させたのです。中国経済も遠からずこの段階にはいるとすると、高度成長期から安定成長期に移行する時期も近いのかもしれません。

 日本では、高度成長期と安定成長期の境目が石油ショックと狂乱物価でしたから、高度成長の終焉が悪い出来事として人々に記憶されていますが、冷静に考えれば移行は当然の事であり、そして移行自体はそれほど悪い事でもありませんでした。移行後も日本経済は年率数%の成長を続けましたし、「安かろう悪かろう」の日本製品がプラザ合意頃までには「品質が良いので高くても日本製品が欲しい」と言われるまでになったのです。
 仮に中国経済が高度成長期から安定成長期に徐々に移行していき、産業構造が高度化して先進国の仲間入りをしていくとすれば、それは決して悪いことではないでしょう。


(中進国の罠?)
 最近、中進国の罠という言葉が話題となっています。経済が発展して人件費が上昇すると途上国とのコスト競争に勝てなくなり、一方で先進国と競争していくには技術力が充分ではないため、成長が止まってしまう、という考え方です。理屈としては、あり得ない話ではありませんが、中国に関しては過度な懸念は不要でしょう。
 世の中には、低品質低価格品、中品質中価格品、高品質高価格品に対する需要がそれぞれありますから、中進国製品が途上国製品と正面から競争する必要はないのです。中国の場合には、国内に中所得の労働者が大勢おり、中品質中価格品の需要が潤沢にあるわけですから、中程度の賃金コストで中程度の品質の製品を販売する中国企業にとっては、国内市場で十分に活躍していけるのです。
 今ひとつ考慮すべき点として、中国に代替できる規模の途上国が見当たらないという事も重要です。マレーシアが中進国になった時には中国が労働集約財の生産を代替できましたが、中国が中進国になった時に中国の製造ラインをベトナムが引き受けるといった事は現実的ではありません。したがって、労働集約財に関して途上国との競争で敗れたとしても、一定量の需要は中国に残ると考えてよいでしょう。将来的にはインドが受け皿となるのでしょうが、中国の生産をインドに移管できるようになるには、今しばらく時間がかかるでしょう。
 一方で、先進国との技術力格差が残存しているという事は、先進国の技術を導入あるいは模倣すれば、生産性を高めたり製品の品質を高めたりすることが容易に可能であるという事を意味しています。こうして生産した製品を国内市場で販売していけば、経済は大いに成長することが可能でしょう。
 また、中国人は大変に教育熱心であり、若手の中にはグローバルな競争にも充分伍していけるような人材が多数育っています。彼らが活躍すれば、中国の技術レベルは大幅に向上していく可能性も充分にあると言えるでしょう。
 外貨不足を補うために輸出を伸ばさなければならない国にとっては、中進国の罠は深刻な問題となり得るでしょう。しかし中国は巨額の外貨準備を保有しており、巨額の貿易黒字を計上しているのであって、国際的な競争が多少不利になったとしても、そのことが成長の鈍化に直結するわけではありません。外需の減少を補うだけの内需が作り出せればよいのであって、実際のところ賃金上昇に伴なう家計購買力の増加などが内需を押し上げて外需の減少を補うことが充分に期待できる状況にあるわけです。

 経済が発展すると貧富の格差が拡大し、その弊害で経済の成長が妨げられるという考え方もあるようですが、これも中国の場合には過度な懸念は不要でしょう。
 そもそも格差の存在は、人々の向上心を刺激して労働や投資のインセンティブを高めますし、資本の蓄積も容易にしますから、格差が極端でないならば、悪いものではありません。
 また、豊かな人が一層豊かになる一方で貧しい人が一層貧しくなるならば、それは問題ですが、中国の場合には、豊かな人が大いに豊かになる一方で貧しい人が少ししか豊かにならない事が格差を拡大しているわけですから、その意味でも格差の拡大は深刻な問題とはならないのです。
 しかも、中国が人手不足の時代を迎えて労働者の賃金が上昇しはじめた事は、資本家から労働者への所得の移転をもたらしますから、格差を縮小する方向の力として働きます。
 都市と農村の格差も、政府の対策等によって縮小してゆくでしょう。もっとも、こちらの格差縮小は、資金や労働力などを非効率な部門に移転させる意味合いを持つので、経済発展にはマイナスとなりかねない事には留意が必要です。


(高齢化社会)
 中国は、一人っ子政策を採用しているため、少子化が進んでいます。遠からず、日本と同様に高齢化社会を迎えることになるでしょう。日本では高齢化というと財政赤字の問題が直ちに頭に浮かびますが、中国の場合には、労働力の伸び悩みが経済成長率を低下させるという発想をする人が多いようです。財政が赤字で労働力が余っている日本と財政が均衡していて労働力不足の中国の違いということでしょう。
 政策論としては、高度成長期から安定成長期への移行と同時に高齢化や労働力人口の減少にも備えなければないない、といった難しさはあるかもしれませんが、これは将来への備えを考えるという事であって、実際に問題が深刻化するのは10年以上先の事でしょう。
 人口統計だけを見ていると、たしかに中国の労働力人口は今後伸び悩みます。しかし、労働力の質を考えると、それほど懸念すべき事態でない事がわかります。今後引退する労働者は、文革時代に青春期を過ごした人々であって、毛沢東思想は学んでいるけれども、都市の製造業などに於いて優秀な労働力と看做される事が少ない人々です。それに比べて、今後労働力市場に参入する若者たちは、近代的な教育を受けた人々です。日本では高度成長期の企業戦士であった団塊の世代が引退してゆとり教育世代が新たに労働力市場に参入してきているわけですが、これと同一に考えるわけにはいかないのです。


(政治的安定)
 経済的に豊かになってくると、国民が政治的な興味を持つ余裕が出来てきます。実際中国では、抗議行動や暴動などが頻繁に発生しているようです。加えてインターネットが発達してくると、世論を統制する事が困難になってきます。高速鉄道の事故の後に政府批判が高まって政府が対応に苦慮した事は、印象的な出来事でした。
 しかし、こうした出来事が政治の不安定につながると考えるべきではありません。デモや暴動に参加している人々の中には、「田舎の悪代官」が不正によって私服を肥やしている、といった不満を持つ人が多いようですし、それ以外にも個人的な不満の捌け口として参加している人や、サークル活動にでも参加するつもりで自己実現や友達付き合いとして参加している人々も数多くいるようです。逆に言えば、デモや暴動の趣旨に賛同して参加している人々の中にも、共産党政権そのものに不満を持ってこれを打倒しようと考える人はほとんど皆無でしょう。
 共産党政権に替わり得る政治勢力が無い中では政権打倒の動きが生じがたいという事もありますが、何よりも共産党政権の下で平均的な国民の生活レベルは確実に上昇しており、細かい不満はともかくとして政権に対する国民の支持は堅固なものがあるからです。


(バブル崩壊)
 中国で不動産バブルが崩壊する事を心配する人は少なくありません。しかし、過度な懸念は不要だと思われます。そもそもバブルの規模が小さいですし、バブル崩壊の後遺症も経済成長が覆い隠してくれるからです。間違っても日本が過去20年間経験したような長期停滞の時代を中国が迎える、といった事は起きないでしょう。
 経済規模が2倍になり、人々の所得が2倍になれば、不動産価格が2倍になっても不思議はありません。実際、中国のマクロ的な統計を見ると、短期的な変動はともかく、10年単位で見た場合の不動産価格は名目GDPや賃金などの伸び率と比較して特段問題のない範囲に止まっています。
 もちろん、局部的には不動産価格が「経済の基礎的条件からみて高くなりすぎている」地域もあるでしょうし、短期的にみれば不動産価格が急激に上昇しすぎた時期もあるでしょう。しかし、マクロ的に捉えれば、「中国の不動産市場が全体としてバブルであって将来的に全面的な価格暴落が発生する」という可能性は小さいでしょう。そうだとすれば、バブル崩壊の影響はあったとしても限定的でしょう。
 更に言えば、仮に比較的大きなバブルが生じていたとして、それが崩壊したとしても、日本のような深刻な事態に陥る事は考えられません。経済成長が後遺症を緩和してくれるからです。第一に、経済規模が2倍になれば、売れ残った不動産が売却できるでしょうし、適正価格を上回った価格で取得してしまった不動産も適正価格が上昇すれば損なく売れるかもしれません。仮にそうした事が起きなくても、経済規模が2倍になっただけで、黙っていても不良債権総額の対名目GDP比は半分になります。
 日本のように、デフレで一般物価が下落し、それと平行して不動産の適正価格も下落を続けている国、名目GDPが減少し続けて一度不良債権が発生すると不良債権の名目GDP比がなかなか低下しない国と、中国のように発展を続けて需要が好調な国とは同一視できないのです。


(リスク要因)
 今後5年から10年というタイムスパンで見た場合、中国経済が高度成長期から安定成長期にスムーズに移行していき、突然失速したり長期低迷を経験したりする事はない、というのが本稿のこれまでの結論です。では、強いて挙げるとするとリスク要因は何でしょうか?
 海外景気の落ち込みは、一時的な影響を与えたとしても、中期展望に影響するようなものとはならないでしょう。何といってもリーマン・ショックを概ね無難に乗り切った国ですから、適切な財政金融政策により次のショックも乗り切るでしょう。
 中国自身の成長が資源や穀物などの国際価格を高騰させてしまうリスクはありますが、価格高騰の悪影響は世界中が等しく負担するため、中国より先に景気が失速する国が出てくるでしょう。それにより需要が減退して国際価格が下落すれば、中国経済は安泰です。
 人件費が高騰してインフレを招くリスクは皆無ではありませんが、それほど労働力需給が引き締まっているわけではないので、可能性は小さいでしょう。また、仮にインフレになっても、一度だけ金融を引き締めて景気を悪化させれば短期間でインフレは収束するでしょうから、中期見通しに影響を与えるほどの長期的な影響は生じないでしょう。
 水不足(絶対量の不足および水質汚濁)などが成長を制約する可能性はあるのかも知れませんが、そのあたりの事は現時点では予測は困難でしょう。
 成長の鈍化が投資を急減させるリスクには、留意が必要かもしれません。これまでの成長過程では、過大ぎみの投資が行なわれながらも、それが需要となって経済を成長させ、結果として需要が供給に追いついてきた、という傾向がありますから、成長率の鈍化と経済のサービス化により設備需要が減少すれば、たちまち過大投資が表面化して、新規投資がストップしてしまう可能性があるからです。
 しかし、過度な懸念は不要でしょう。広大な国土を有する中国には、まだまだ道路や鉄道をはじめとするインフラ整備が必要であり、それを実行する政治の決断力も財政の余力もありますから、民間投資が落ち込めば、公共投資がこれを補うでしょう。中国政府の景気対策の有効性は、リーマン・ショック後に実証済みです。
 また、中国経済が労働力余剰時代から労働力不足時代に移行する事により、省力化投資が活発化する事も、懸念を緩和する材料です。たとえば今まで自転車で運んでいたものをバイクやトラックで運ぶようになるだけでも、莫大なバイクとトラックの需要が生まれるでしょう。生産現場でも、手作業のラインが機械化されていく事により、生産設備に対する莫大な需要が生まれるでしょう。安価な労働力が無尽蔵に存在する事を前提とした経済ですから、省力化の余地は極めて大きいはずです。
 一般に設備投資は、工場建設中は需要ですが、工場完成後は供給力となりますから、少し長い目で見ると供給力過剰を助長してしまう可能性があるのですが、省力化投資は完成しても供給力に影響しないので、過大投資につながる事がありません。したがって、中国の設備投資が生産能力増強投資から省力化投資にシフトしていく事は、経済発展の持続性を高める方向の変化だと言えるでしょう。
 こうして考えると、鉄鋼などの設備は過剰となって古いものが廃棄されていく一方で、機械類の設備投資は当分の間は活発に行なわれるということになりそうです。

 政治が誤った判断をする可能性も小さいでしょう。第一に、「民主主義のコスト」がありません。たとえば救済すべき金融機関があれば、世論の反対を気にせずに救済する事ができるでしょう。第二に、一党独裁といっても集団指導体制ですから、独裁者が不適切な政策を断行する事はないでしょう。第三に、出世のために地元選挙区廻りが必要ない世界では、(権力闘争などは存在するのでしょうが)基本的には優秀な人が共産党の幹部になるのでしょうから、政治家の資質はある程度高いと考えてよいでしょう。
 政治の面でリスクがあるとすれば、上層部内での派閥抗争が激化する可能性、汚職や腐敗が蔓延する可能性、などが考えられるでしょう。しかし、派閥抗争や汚職腐敗などは、これまでも中国では常態であったわけで、それを乗り越えて高度成長を成し遂げて来たわけですから、今後急に経済発展を阻害する要因として重要性を増してくると考える特段の理由も無いように思われます。

 個人的に怖いのは、原発事故です。高速鉄道の事故などを見ていると、原子力発電所が日本と同じレベルで厳格に運営されているとは考えにくいのです。日本でさえも事故が発生したわけですから、何らかの契機で中国での事故が発生すれば、重大な結果をもたらしかねません。問題なのは、事故が中国経済に与える影響よりも、物理的に風下にある日本経済に与える影響の方が大きくなりかねない事です。もっとも、こればかりは天に祈るしかないでしょう。日本人が中国大陸で原発反対のデモを行なっても、何の効果もないでしょうから。


(日本への影響)
 上記のように、中国経済がおおむね順調に安定成長期への移行を果たすとして、日本への影響について考えてみましょう。
 需要の面では、中国の日本製品に対する需要が着実に伸びるでしょうから、プラスでしょう。中国人の所得が上がれば高品質高価格の日本製品に対する需要は、経済成長率以上に大きな伸びを示すことになるからです。
 一方で、中国製品が日本に流入してくる事も覚悟しておくべきでしょう。中程度の品質であれば価格が安い中国製品で充分だという日本人消費者も多いからです。
 こうして考えると、日本からの輸出と日本への輸入の差である純輸出が差し引きして増加するのか減少するのかは、現時点では予測が容易ではありません。今後の中国の賃金や生産性などの上昇速度、中国製品の品質向上速度、中国製品の追い上げに対する日本企業の対策と対応、などによって決まってくる事になるでしょう。

 中国人労働者の賃金が上昇して日系企業の現地工場が困っているという話を聞きますが、これは全く気にする必要がありません。
 日系企業の現地工場は中国経済であって日本経済ではないので、彼らが困って工場を閉鎖しても、日本経済には悪影響が及ばないからです。むしろ、日本から中国に工場を移転しようという企業が減少することで日本国内の雇用が守られるとすれば、日本経済としてはプラスだと考えるべきでしょう。

 最後に、経済をはなれて国際政治に触れておきましょう。中国経済が強大化するならば、中国の軍事力も強大化していくでしょう。遠い将来には米中の国力が逆転して米国の防衛ラインがハワイまで後退してしまうかもしれません。
 今回は中期展望なので、そこまでは考えないとしても、外交的な中国包囲網を形成しておく事が強く望まれる事は疑いありません。日本のTPP参加が、間接的に中国包囲網の形成に資するのであれば、農業自由化などによるデメリットを補って余りある国益を日本にもたらすかもしれません。TPPを巡る国内の議論を進めるに際しては、こうした要素も真剣に検討する必要があるでしょう。
 プラス面としては、中国が先進国に近づくにつれて、国際政治の面で「図体の大きなダダっ子」から「責任ある大人」に変身してもらえる可能性が出てくることです。一例を挙げればCO2削減交渉に中国も参加するようになりました。こうした変化が様々な面で生じてくれば、世界が安定したものとなっていく可能性もあるでしょう。
 隣国の巨大化をいたずらに脅威に感じるだけではなく、中国に大人としての自覚を促していく事が国際社会の一員としての日本にも求められていると思います。

以上

 




 


以 上

本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
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