2012年05月29日

塚崎 公義

 

景気は緩やかに回復中



(はじめに)
 景気は、相変わらず緩やかな回復を続けています。 リーマン・ショックで大きく落ち込んだ分は回復し切れていませんが、方向としては上を向いています。 今回は久しぶりに、景気の現状について、少し長い目で見てみましょう。


(日本経済の現状)
 日本経済の現状を見る上で大変便利なのが、内閣府の月例経済報告と日銀の金融経済月報です。 今回は、前者の「主要経済指標」に掲載されているグラフの中から、興味深いものを選んで見てみましょう。 直近の動きというよりは、リーマン・ショック後の回復状況に焦点を当てて、少し長い目で見た大局観を持ちたいと思います。
 まずは、年度の成長率です。 2010年度は3.2%と比較的高めの成長でしたが、これはリーマン・ショックの影響で2009年度に大きく落ち込んだ事の反動です。 2011年度も、リーマン・ショックからの回復トレンドは続いていたはずで、それと震災等の下押し要因が綱引きをした結果、0%成長となりました。
 個人消費は、消費総合指数がリーマン・ショック前を上回っており、比較的順調に回復している事がわかります。 震災後の自粛ムードも短期間で終了し、影響は一時的だったようです。 雇用者所得も回復しているので、エコカー減税要因などを除いても、個人消費は底堅いと考えてよいでしょう。
 設備投資に関しては、リーマン・ショックで大きく落ち込んだ後、ほとんど回復していません。 設備判断D.I.などは、そこそこの回復を見せているのですが、日本企業は六重苦(円高、電力不足、法人税率の高さ、貿易自由化の遅れ、労働規制、温暖化関連規制)を背負っていると言われており、設備投資に踏み切る勇気と元気が出ないのでしょう。
 住宅投資も低迷したままです。 少子高齢化や晩婚化で住宅需要が減少している事は間違いありませんが、リーマン・ショック前と比較した余りに大きな格差は、少子高齢化等では説明出来ません。 冷え切ったマインドを温めるためにも、耐震住宅に対する補助金など、政策的な刺激策が必要でしょう。
 公共投資は、復興需要がようやく本格化して来た事で、そこそこの水準にはなっています。 しかし、執行が遅れているのか他の地域の公共投資が削減されているのか、全体としての盛り上がりは期待されていたほどではありません。
 輸出数量は、円高と海外景気減速の影響によって低迷しているように見えます。 しかし、これについては「リーマン・ショック前が出来過ぎだったので、現状でも充分に健闘している」と考えるべきでしょう。詳しくは、後述します。
 輸入数量は、リーマン・ショック前の水準に戻った後、概ね一定で推移しています。 これだけ円が高くなった事を考えると、輸入が増えても不思議はないのですが、国内市場での輸入品と国産品の力関係はそれほど変化していないようです。
 鉱工業生産は、リーマン・ショック前の水準には遠く及ばない低水準で(震災の一時的な影響を除けば)推移しています。 輸出と設備投資が戻り切っていない以上、生産も戻らないのは仕方のない事です。 最近は、概ね横這いで推移していますが、鉱工業生産指数が品質向上を考慮しない統計であることを考えれば、品質向上分だけは増加している事になるので、過度に悲観する必要はないでしょう。
 気になるのは、在庫率の水準が比較的高い上に在庫が増加を続けている事です。 震災後のサプライ・チェーンの混乱に懲りた企業が前向きに在庫を積み増しているのであれば良いのですが。
 企業の利益は、震災の影響がそれほど深刻ではなかったようで、そこそこの水準を維持しています。 大企業の業況判断D.I.もゼロ近傍で、過去20年の平均よりは大分よくなっています。 (ちなみに日本企業は、儲かりますかと聞かれると否と答える習性があるので、D.I.がゼロだというのは比較的ポジティブな回答だと捉えて良いでしょう)。 倒産も、低水準で推移しています。
 雇用情勢は、景気の緩やかな回復を映じて徐々に改善しつつありますが、有効求人倍率は1倍に遠く及ばず、若者の失業率が高止まるなど、依然として水準としては満足できる物ではありません。
 金利は、市場関係者から見れば動いているのでしょうが、景気を見る上では「誤差の範囲内」の動きであり、特段のコメントは必要ないでしょう。
 為替は、リーマン・ショック前と比較すれば、大幅な円高になっていて、景気の足枷になっていますが、過去1年は概ね安定した動きとなっています。
 株価は、欧州の債務危機などを巡る思惑などから乱高下していますが、日本では株価が景気に与える影響は限定的なので、気にする必要はないでしょう。


(輸出について)
 上記のように、輸出数量は低迷しているように見えます。 しかし、輸出数量指数の統計が品質の向上を織り込んでいない事には注意が必要です。 輸出製品の品質は日々向上していますから、これを織り込めば、意外と健闘しているのかも知れません。 その意味では、日銀月報が「輸出金額を輸出物価指数で割り引く」という試みを行なっているのが参考になります。 輸出物価指数は品質の向上を反映しているので、これで割り引く事によって品質向上分は輸出数量増として認識される事になるのです。 日銀月報によれば、輸出数量はリーマン・ショック前には戻っていませんが、結構な水準までは戻っていて、しかも概ね横這いで推移しています。
 リーマン・ショック前と比べて為替レートが大幅に円高になった事、海外の景気が「好調」から「普通または不調気味」にまで悪化した事、韓国や中国などの技術水準が急速に日本をキャッチアップしつつあること、などを考えると、この程度の落ち込みで済んでいるのは「充分健闘している」と言うべきでしょう。

 輸出と言えば、「最近の超円高で苦しい」という話を頻繁に耳にします。 上記の「六重苦」の筆頭に挙げられているのも円高です。 しかし、円高については世の中で誤解があるので、ここで解説しておきましょう。
 現在の現在の1ドル=80円という水準は、表面的にはドル安円高に見えますが、実はそうでもないのです。 海外がインフレで日本がデフレなので、表面的なドルの価格が同じならば、長い間には日本の輸出が容易になっていくからです。 こうした効果を勘案した試算値は、実質実効為替レートと呼ばれ、長期推移のグラフが月例経済報告にも載っています。 これは、筆者が「輸出困難度指数」と呼んでいるものなのですが、グラフを見ると、現在の水準は過去20年の平均よりも輸出が容易な水準なのです。
 本当の問題は、日本の輸出製品の競合相手であるドイツと韓国の為替が安い事なのです。 実質実効為替レートの計算に際しては、ドイツや韓国の通貨安も少しは考慮されていますが、十分では無いので、こうした問題が起こるのです。
 ドルに対しては、為替の介入という手段も無いわけではありません。 しかし、対米関係が良好であった小泉政権時代であればともかく、今の民主党政権がドル買い介入を行なえば、米国から批判されるでしょうから、容易ではありません。 まして、韓国やドイツの通貨に日本政府が介入するという事は現実的では無いでしょう。
 今一つの手段としては、日銀が思い切った金融緩和を行なうという事が考えられます。 理論的には、日銀が市場に資金を供給しても、同額が日銀に対する預金となるだけで、為替相場には影響がなさそうなのですが、やってみる価値はあるでしょう。 市場という所は「皆がドル高だと思えばドルが高くなる」という所なので、市場参加者が「日銀が思い切った金融緩和を行なえばドル高になる」と考えている時に日銀が緩和をすれば、理論がどうであれ、ドル高になるからです。 それだけでドルが10円も20円も高くなるとは思われませんが、3円でも5円でも高くなれば、その分だけ景気にはプラスでしょう。
 こうした問題の外にも、輸出企業の経営者が「超円高で苦しい」と言う背景には、中国や韓国の技術が急速に進歩しているので、従来に比べて日本製品との競合度合いが強まっている事があります。 名目的なドルの安さが日本製品の競争力減退の理由だという錯覚に陥っているわけです。 しかし、これは為替レートとは関係のない事ですから、そこは区別して理解する必要があります。


(景気は緩やかに回復中)
 上記のように、各経済指標は、リーマン・ショックの落ち込みから回復したものもしていないものもありますし、その後も緩やかな回復を続けているものとそうでないものがあります。 こうした状況を巨視的に見れば、景気は全体として緩やかな回復を続けていると考える事が出来ます。
 景気の遅行指標である失業率が緩やかな改善を続けている事も、これを裏付ける証拠と言えるでしょう。
 大震災の影響、タイの洪水の影響、復興需要の影響、エコカー補助金の影響など、短期的には撹乱要因が多数ありますが、いずれも景気のトレンドを転換するようなものではありませんので、景気は原則として今後も緩やかな回復を続けていくと考えてよいでしょう。
 ちなみに、昨年度の成長率が0%、今年度のコンセンサスが2.2%程度、来年度のコンセンサスが1.5%程度だとすると、3年間の平均で1%台前半という事になります。
 景気は自分で方向を変える事はありませんし、財政金融政策が景気の方向を変える事も考えにくいですから、当面は海外からのショックで景気が方向を変えるか否かを注目しておけば良いでしょう。
 欧州の債務危機が深刻化するリスク、米国経済が緊縮財政で失速するリスク、中東で問題が発生して原油価格が高騰するリスク、等々が目白押しですから、しばらくは国内の経済指標よりも、こうした海外の事柄に目を凝らしておく事にしましょう。

今回は以上です。

 




 


以 上

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