2012年06月25日

塚崎 公義

 

ギリシャ問題の今後を考える



(はじめに)
 ギリシャの総選挙で緊縮派が勝利したことで、「即死」は回避されましたが、まだまだ苦難は続きそうです。そこで今回は、ギリシャ問題の今後について考えてみましょう。


(借金の踏み倒し )
 ギリシャでは、国民は若くして引退して高額な年金を受け取りますし、税務署職員が賄賂を受け取ることで脱税がはびこっています。これでは財政が赤字になるのは当然です。実際、ギリシャ政府の借金は(途中まで粉飾決算で隠されてはいましたが)、急激な増加を続けてきました。
 政府の借金は、最後は増税によって返済できるはずです。しかし、ギリシャ国民が増税に反対してデモやストライキを行なうため、満額の返済は無理だということになり、様々な救済措置が採られました。内容は、元本の返済をカットしてあげたり、返済を待ってあげたり、不足資金を融資してあげたりするものです。負担は、ギリシャ政府に融資していた銀行やユーロ圏の政府などが引き受けました。
 周囲が助けてあげた格好ですが、もともとは「デモやストライキがあっても断固増税して返済する」という義務をギリシャ政府が放棄した事が問題なのであって、「借金を踏み倒した」事には違いありません。


(貸した方が悪い?)
 ギリシャに対する様々な支援の条件として、緊縮財政が義務付けられました。これに対してギリシャの選挙民が反発し、選挙を二回も行なって、漸く支援の条件を守る方向で組閣が行なわれました。
 その課程で、「緊縮を押し付けてくる諸外国は許せない」といった意見も多かったそうです。借金が返せない自分を責めずに、返済資金を融通してくれる恩人を批判するのですから、相当なものです。
 こうした根性の曲がった借り手に金を貸した銀行も悪い、と筆者は思います。「貸し手が悪い」というのは、借り手が言うべき事ではありませんが、筆者は第三者なので、許されるでしょう。
 「政府は徴税権があるから安心だ」と考えていたとしたら、国際金融の素人です。過去には政府が借金を踏み倒した例がいくらでもあるからです。企業や個人に貸す場合には、相手が不誠実であれば強制執行などの法的措置により貸出金を回収する事が可能ですが、相手が政府である場合には、軍隊が攻め込んで強制的に返済させるわけにも行きませんから、かえって回収が難しいとも言えます。その意味では、不誠実な政府に金を貸すのは不誠実な企業や個人に貸す以上に危険だとも言えるでしょう。
 ギリシャ政府が「粉飾決算」をしていたから貸してしまった、という弁解は、半分くらいは納得ですが、粉飾を見抜くのもプロの仕事ですから、相当恥ずかしいと思って反省する事は必要でしょう。


(援助する側の論理)
 ギリシャに対する支援で最も大きな負担をしているのは、ユーロ圏最大の経済大国であるドイツです。ドイツとギリシャは、非常に対称的で、怠惰で不誠実なギリシャが経常収支赤字、勤勉で誠実なドイツが経常収支黒字となっていて、優等生であるドイツが劣等性であるギリシャを助けているのです。
 ドイツ国民としては、非常に腹の立つ話です。「俺たちが真面目に働いて稼いだカネを、政府が税金として召し上げて、怠惰なギリシャ人にくれてやっている」という事だからです。
 では、なぜドイツはギリシャを援助するのでしょうか?理由は数多くあると思いますが、主なものは、「ユーロというシステムを守りたい」「ギリシャが離脱する際に生じる混乱を避けたい」「ギリシャを奈落の底に突き落とす事の副作用を避けたい」といった所でしょう。


(ユーロの利点)
 まず、ドイツは、ユーロというシステムから莫大な利益を得ています。隣国と貿易を行なう際に通貨を両替しなくてよい、といった利便性は勿論ですが、それ以外にも大きな利益を得ているのです。
 ドイツは巨額の経常収支黒字を続けていますから、もしもユーロが無ければ、ドイツの通貨は周辺諸国通貨に対して大幅に切りあがっていたでしょう。これを回避出来たためにドイツは比較的好調な経済状況が維持出来ているのです。
 ギリシャ危機さえも、ドイツにとって悪い話ばかりではありません。ギリシャ危機によってユーロ安が進行したため、ドイツ製品が日本製品などに比べて世界中で競争力を増したからです。「劣等性を助けるコストはかかるが、劣等性と同居している事にはメリットもある」というわけです。
 政治的な側面もあるようです。ユーロというシステムが、欧州域内の平和という高邁な理想から発生した、ということです。欧州の歴史は戦争の歴史であり、特にドイツとフランスは長期間にわたって断続的に激しい戦争を繰り返して来ました。この反省に立って欧州共同体を作ろう、という理想が掲げられ、それに向けて一歩ずつ歩んできた中の一歩がユーロなのです。つまり、ユーロ圏の縮小は、理想への歩みを後退させてしまいかねないのです。


(スペインへの飛び火)
 おそらく、ドイツがギリシャを支援する最も大きな理由は、ギリシャがユーロ圏を離脱するとスペイン等に混乱が飛び火しかねないという事でしょう。ギリシャは小国ですから、ギリシャの離脱自体の影響は限定的でしょうが、これがスペイン等に混乱が飛び火すれば、リーマン・ショックにも匹敵する大事件になりかねないため、相当なコストを支払ってでもギリシャをユーロ圏に残す必要がある、という事でしょう。
 リーマン・ショックで世界中が思い知らされたように、金融市場という所は、大変に恐ろしい所です。人々が「危ない」と思った会社や国からは資金が逃げ出すので、その会社や国は本当に危なくなるのです。つまり、たとえば仮にギリシャがユーロ圏を離脱したとなると、「次はスペインで同じ事が起きる」という連想を市場が抱き、スペインから資金が逃げ出し、本当にスペインがユーロから離脱してしまう、といった事が起り得るのです。

 「ドイツがギリシャを支援しても、結局最後は破綻するだろうから、時間稼ぎに過ぎない」、と考える人は多いようです。筆者も、そうかもしれないと思います。ギリシャの問題は生活習慣病のようなものであり、政府や国民が自分を律する事が出来ないために生じている症状です。したがって、ドイツなどが支援の条件として緊縮財政を課す事である程度は症状が改善したとしても、長続きはしない可能性も大きいのです。万が一緊縮財政政策が持続したとしても、それが国内の景気を悪化させて税収を落ち込ませてしまえば、結果としては財政赤字がそれほど減らないかも知れません。
 しかし、それでも、時間稼ぎをする事の意味は大きいと思います。「ギリシャはどうせ破綻するのだから、追い貸しをすればするだけ将来的なドイツの損が膨らむだけである」という見解には賛同しません。
 それは、ギリシャが時間稼ぎをしている間に、スペインの情勢が改善すれば、その時は時間稼ぎをやめてギリシャを離脱させても構わないからです。
 「ギリシャとスペインは全く状況が異なるから、ギリシャがユーロを離脱してもスペインは離脱しないだろう」と金融市場が確信できるようになるまで時間稼ぎが出来れば良いのです。
 では、スペインの状況は時間が経てば改善するのでしょうか。確信は持てませんが、おそらく大丈夫でしょう。それは、スペインの症状が生活習慣病ではなく、バブル酒に酔いすぎた後の「二日酔い」だからです。バブルの後遺症が一巡すれば、銀行の危機も一段落して、政府による銀行救済の必要などもなくなるでしょう。


(ギリシャの破綻)
 ドイツがギリシャを支援しなければ、ギリシャは破綻し、ユーロから離脱するでしょう。それによって、ギリシャ経済は壊滅的な打撃を受け、国民生活は悲惨なものになるかも知れません。「自業自得だ」と言って無視する選択肢もありますが、ドイツ等にとって無視する選択肢は採りにくいのかも知れません。それは、悲惨な目にあったギリシャ国民が、平常時には考えられないような政府を支持する可能性があるからです。
 たとえば極端に反西欧的な政府が成立し、イランや中国などの支援を受けて経済的な復活を遂げるとすれば、ユーロ圏にとって極めて深刻な事態となりかねません。あるいは狂信的な独裁者が権力を握る可能性も否定出来ません。第一次世界大戦後に過酷な賠償を要求されたドイツでナチスが台頭した事を考えると、ドイツ人にとっては他人事では済まされないのかも知れません。


(長期戦を覚悟の要)
 このように考えると、ドイツとしてはギリシャのユーロ離脱を望んでおらず、少なくともスペイン情勢が安定する数年後までは支援を止められないという事になります。ギリシャの方も、ユーロを離脱する選択肢をとりあえず封印した形ですので、今後数年間はユーロに止まるのでしょう。
 この間、ドイツとギリシャで支援を巡る「条件闘争」が続くのでしょうが、諸般の情勢を考慮すればギリシャが有利なように見えます。「そんな厳しい条件では、ギリシャ国民が耐えられず、政権が崩壊してしまう」といった脅しが有効に作用する可能性が高いからです。
 こうしてドイツ等のストレスが溜まっていき、数年後のスペイン情勢改善とともに「ギリシャ支援打ち切り」といった可能性も見えてきます。
 その時に、ギリシャの破綻を「自業自得だ」と言い切れるか否かはわかりませんが、少なくとも数年間はギリシャ問題が重石となって欧州通貨ユーロは弱含みの状態が続くという可能性が大きいようです。


(日本経済への影響)
 ギリシャ危機が長引くという事は、ユーロ安が長引くという事です。加えて、ユーロ圏諸国が緊縮財政を続けるという事になりますから、景気もよくならないでしょう。これは、日本の対ユーロ圏輸出にとって、大変悪いニュースです。しかし、日本の対ユーロ圏輸出は、それほど大きな金額ではないので、日本経済への打撃としては大きくないでしょう。
 問題になるとすれば、ドイツ製品と日本製品が世界中で競争しているという事でしょう。価格面でドイツ製品が圧倒的に有利になれば、日本製品が世界中で売れなくなるというリスクがあるからです。これについては、「ユーロと円のレートが極端に円高にならないように祈るしかない」という事でしょう。

 もっとも、悪い事ばかりではありません。日本にとって、円高ユーロ安は、ユーロ圏への直接投資の絶好のチャンスになります。長期的に見れば少子高齢化で円安が進む可能性が高い事を考えると、今のうちに割安価格でユーロ圏に工場や不動産などを確保しておく事は、望ましい事でしょう。
 特にチャンスなのは、金融関連ビジネスです。リーマン・ショック後、米銀が大きく痛み、今回は欧州銀行が大きく痛み、相対的に元気なのは邦銀です。銀行には自己資本比率規制がありますから、銀行が赤字を出して自己資本が減ると、融資を回収したり資産を切り売りしたりする必要が出てきます。これを、相手の足元を見て安く買い叩く事が今の邦銀には可能なのです。
 90年代に邦銀がバブル崩壊後の苦難の中で、不良債権を「ハゲタカ」たちに二束三文で買い叩かれた事を覚えている世代の人々にとっては、感慨深いものがあるでしょう。筆者も2005年まで銀行員でしたから、昨今の邦銀の「活躍」のニュースを見るたびに、時代の流れを感じています。
 欧州の緊縮財政に伴なう不況が暫く続くとすると、欧州の銀行は当分の間自己資本不足に悩む可能性があり、邦銀にとってのチャンスも続く可能性があります。世の中万事塞翁が馬ですから、悪い話の裏には良い話も付いているのです。

 最後に余談ですが、海外資産の取得が将来の為替差損をもたらさないか、という懸念について、考えてみましょう。もしも30年後が今よりも円高になっていたとします。そうなれば、為替差損が生じているかもしれませんが、そんな事は全く気にならないほど、良い事が同時に起きているはずです。それは、日本国債が暴落せず、日本の財政が破綻していない、という事です。日本国債が暴落すれば、国債を売却した資金は当然に国外に逃避しますので、大幅な円安になるはずです。そうなっていないという事は、日本国債が今後30年間に暴落しない、という事です。これは、為替差損のことなど忘れてしまうほどメデタイ事でしょう。

 今回は以上です。

 




 


以 上

本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
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