2012年09月30日

塚崎 公義

 

景気は既に後退中



(はじめに)
 輸出が減少し、生産が減少し、景気動向指数(一致、先行)が低下しています。これを受けて、月例経済報告が、「緩やかに回復しつつある」から「回復の動きに足踏みが見られる」に景気判断を変更しました。このまま景気が方向を変えて後退局面に入ってしまうのか否か、心配する人も増えているようです。そこで今回は、久しぶりに景気の現状について考えてみました。


(外需依存体質)
 バブル崩壊後の日本経済は、国内の需要が根本的に不足しているため、輸出と財政に頼る状態が続いています。それは、日本人が勤勉で倹約家だからです。日本人が勤勉に働くため、多くのモノ(本稿では物とサービスを両方含むものとします)が作られます。そして、日本人が皆で倹約をするため、作ったモノが売れ残ります。売れ残ったモノは輸出して外国に買ってもらうか、売れ残りによって生じた失業者を財政支出で解消してもらうか、いずれかが必要です。
 リーマン・ショックのように輸出が激減すると、景気は大きく落ち込み、「売れないから作らない。だから企業は人を雇わない。労働者は雇われないから給料がもらえずに買えない」という悪循環に陥ります。こうなると、金融緩和の効果は限定的ですから、財政に頼るしかありません。リーマン・ショック後は、自民党政権も必死の景気対策を採りましたが、民主党政権の「バラマキ」と呼ばれる政策も、景気の回復には必要だったのです。
 今回も、欧州の財政危機の影響で輸出が減り始めたようで、心配です。どこまで輸出が減るのか、幸か不幸か復興需要が見込まれるため、それが輸出の減少を補って景気の後退を防いでくれるのか、といった所が、当面の景気を見る上での最大の注目点となります。


(悪化要因と改善要因の綱引き)
 景気自体には、本来「一度拡大をはじめると、そのまま拡大を続ける」という性格があります。しかし今回は、これに対して景気の方向を悪化させようという力(輸出の減少)と景気を更によい方向に向かせようという力(復興需要)が働くため、3つの力の綱引きで景気の方向が決まる事になります。結果として景気が拡大を続けるのか否かが最大の関心事項です。
 今ひとつは、タイミングの問題なのですが、輸出減少により一度景気が後退してから復興需要で再び景気が回復するのか、後退する事なしに拡大を続けるのか、という点も問題になります。
 輸出減少が一時的であったり、復興需要が遠からず本格化したりすれば、景気拡大が続きます。この場合には、たとえば「景気拡大により雇用が拡大している。輸出が減っても雇用は直ちには減らないから、しばらくは雇用増加が消費増加をもたらす効果が輸出減による景気悪化圧力を防いでくれる。そうしている間に輸出が回復したり復興需要が本格化したりすれば、景気はスムーズに拡大を続ける事ができる」という事になります。
 一方、ひとたび景気が後退してしまうと、再び拡大を始めさせるためには強い力が必要になります。たとえば「輸出減により雇用が減り始めてしまうと、消費も減り始めてしまう。そうなった後で景気を再び回復させるには、消費の減少を打ち消すくらいの大規模な輸出回復か復興需要が必要となる」のです。
 転覆しかかっている船の体制を立て直すために必要な力と、転覆してしまった船を再び起こすために必要な力は、大きく異なります。それと同じように、景気も一度悪化をはじめてしまってから立て直すのは大変なのです。
 今回について見ると、景気が自律的に拡大していく力は、それほど強くありません。もともと景気の拡大テンポが緩やかで、雇用の拡大テンポなども緩やかだったからです。
 復興需要に関しては、比較的大きな効果を期待する向きもあります。しかし、すでに一部は顕現化しているはずであり、今後急に新たな需要が出て来るわけではありません。せいぜい、復興需要が本格化することによって従来よりも少しは景気押上効果が強まる、といった程度でしょう。
 そうなると、輸出減少がどの程度の規模でどの程度の期間続くのか、という事が問題となります。


(急激な輸出の減少)
 輸出は、前年比で見ても季節調整値で見ても、6月以降急激に減少しています。一時的な統計の振れである可能性もありますが、鉱工業生産指数が同時期に大きく落ち込んでいる事と併せて考えると、本当に輸出が落ち込んでいる可能性が高いと思われます 。*1
 では、なぜここに来て輸出が急激に落ち込んだのでしょうか。先行きを予測するためには、これは是非とも知りたい所ですが、これが実はよくわからないのです。為替は、水準としては円高ですが、ここに来て急激な円高が進んだわけでもありません。米国経済は、緩やかながら拡大を続けています。欧州経済は、1年前からゼロ成長が続いており、ここに来て急に失速したわけでもありません。ユーロ圏の域外からの輸入が激減しているという事もありません。中国経済の減速が注目されていますが、中国向けの輸出は以前から減っており、最近急に減り始めたわけではありません。
 貿易統計の季節調整がうまく行っていない事は、可能性としては考えられますが、前年比で見ても減少している事の説明は難しいでしょう。
 考えられる事の一つは、夏場の電力不足期の減産を見越して前倒しで生産と輸出が行なわれていたという事です。本来なだらかに減少すべき生産と輸出が前倒しの終了により一気に減少したという事になります。そうだとすると、結果として必要の無い前倒しが行なわれた事になります。鉱工業生産指数に関する企業の先行きの生産予想が下方修正を繰り返した結果、節電の時期にはフル生産が行なわれていなかったからです。
 今一つありそうなのは、暫く前から需要が落ちていて、それが(タイムラグを伴って)生産と輸出に悪影響を及ぼしている、という事です。海外の需要が落ちてから海外で流通在庫が溜まり、メーカーへの発注が減り、海外のメーカーが日本への部品の発注を減らし、受注が減ってから作る量を絞り、少ない量を輸出した、といった一連のプロセスに時間がかかったという事です。
 いずれにしても、「一時的な振れだから遠からず元に戻る」と考えるわけには行きそうもありません。


(海外景気と日本の輸出)
 海外の成長率を見ると、それほど大幅な低下は見せていませんが、日本の輸出は比較的大きな落ち込みを見せています。これは、日本の輸出について頻繁に起きることなのです。
 第一に、海外の消費者が節約をする時、古い自動車の新車への買い替え(物の購入)は我慢しますが、壊れた自動車の修理(サービス支出)は我慢しません。物は外国からも輸入出来ますが、サービスは国内の需要になります。つまり、景気が悪くなって海外の人々が倹約すると、その国よりも自動車輸出国の方が困るという事になりかねないのです。
 第二に、海外の消費者が節約をすると、仮に自動車を買う場合でも高品質高価格の日本製ではなく、低品質低価格の途上国製を買うでしょうから、日本車の需要は更に大きく落ちます。
 第三に、途上国では日本製の機械を使って洋服などを生産していますが、洋服の生産量が1割減ると、必要な機械が1割減ります。仮に毎年1割程度の機械が寿命で買い替えを要するとした場合、今年は機械を購入せずに残った機械だけで足りてしまうので、日本製の機械の売り上げはゼロになってしまいます。洋服自体の生産量よりも日本製機械の輸出数量の方が大きく落ち込むのです。


(今後の見通し)
 今後の海外の景気見通しは、あまり明るくありません。米国経済は、かろうじて上を向いていますが、景気拡大ペースが加速する要因は見当たりません。むしろ、「財政の崖」「輸出減少」といったリスクばかりが気になります。
 欧州経済は、V字型の回復は望み得ないでしょう。金融政策によって金融危機を封じ込める事は出来ても景気を回復させる事は出来ないこと、緊縮財政が続くので財政による景気刺激は望めないこと、ユーロ安が一服したので輸出の急増も望み難いこと、などを考えると、回復には暫く時間を要する可能性が高いと思われます。
 中国は、財政金融政策の余地が大きいため、比較的早期に回復する可能性はありますが、日本の輸出は簡単には戻らないかもしれません。第一に、財政金融政策の本気度が疑わしいでしょう。リーマン・ショック以降の大規模対策が副作用を伴った事で、大規模経済対策に対するトラウマがあるのかも知れません。あるいは政権交替前の権力闘争に忙しくて景気対策どころではないのかも知れません。第二に、大規模経済対策は投資を増やして失業者を吸収するものですから、仮に実施されたとしても、日本製品の輸出に直結するものではありません。中国の輸出が減って中国国内の建設投資が増えて経済成長率が一定であった場合、日本の対中国輸出は大きく落ち込む可能性があります。第三に、日中の政治外交関係の影響がマイナスに作用する可能性も考えておく必要があります。

 海外の景気が明るくならないと、輸出も増えないでしょう。輸出が増えないと、復興需要だけで景気を支える事は難しいかも知れません。
 最終的な判断を下すには材料不足であって、今少し様子を見たい所ですが、強いて現時点で判断するとすれば、景気が後退する確率は5割を超えていると思われます。その場合、今年の春が景気のピークだったことになり、景気は現時点で既に後退しはじめている事になります。


(コンセンサスとの比較)
 9月7日に発表されたESPフォーキャスト(主要なエコノミストたちへのアンケート)によれば、既に景気後退がはじまっているとの回答は38名中3名に止まっています。残り35名の予測を平均すると、今後1年以内に後退が始まる可能性は3割に止まるとの事です。これと比べると、筆者の予想は悲観的だという事になります。
 これは、筆者にとっては画期的なことです。筆者は、長い間、コンセンサスよりも楽観的な見通しを持ち続けていたからです。厳密に言えば、コンセンサスとして集計されている結果よりも楽観的な見通しを持ち続けていたからです。
 この違いは、「エコノミストたちの本当の予測の平均は集計されたエコノミスト平均よりも楽観的なはずだ」という事によるものです。その理由はいくつもあります。

  1. 悲観的なエコノミストの方がマスコミに出やすい。日本では、「大丈夫です。何も問題ありません」という人は、何も考えていないから問題に気付いていないだけだ、という低い評価を受ける場合が多いようです。一方で、問題点や懸念材料を指摘する人は知的に感じられて、情報の受け手に評判が良いので、マスコミに出やすいのです。

  2. 悲観論の方が「偶然当たる」可能性が高い。予想外の事態で景気が急減速する事はしばしばありますが、予想外の事態で景気が急加速する事は滅多にありません。予想外の大事件で景気が悪化したならば、勝ち負け無しの筈なのですが、悲観派は「当たった」とされて次回からマスコミに呼ばれる事があります。

  3. 上記から考えると、マスコミに出たい人は、自分の信念を曲げて悲観的な発言をする可能性があります。

 マスコミに出る人ほどアンケート対象になりやすいとすると、アンケート結果には悲観バイアスがかかっている事になります。

 
 今回、集計されたコンセンサスよりも悲観的な見解を表明する事は、世の中のエコノミストの本音を平均したよりも相当大幅に悲観的な見解という事になります。それを正当化するほどのデータを筆者は持っているわけではありませんが、筆者の心の拠り所となっているのは、「エコノミストの判断は遅れがちである」という癖です。
 経済指標は、振れますから、一喜一憂していると景気の大きな流れを見失ってしまいます。そこでエコノミストたちは、経験を重ねるうちに、景気の大きな流れを掴む事を重視して、一喜一憂しない訓練を受けることになります。
 また、景気判断を一度変更した後、元に戻した場合、二回にわたって恥をかく事になりかねません。そこで、特に伝統ある大組織になると、景気判断の変更には慎重になりがちです。景気の方向が変わった事を示す証拠が充分に出そろった事を確認した上でなければ、景気の方向が変わったとの発表をしないのです。
 今回も、エコノミストたちは、景気の方向転換の可能性を意識しつつも、慎重に証拠を積み上げている段階なのだと思われます。

 景気予測は、永年の経験と勘が勝負ですが、景気の転換点あたりでは、リスクを採るか否かの判断も重要です。
 筆者は伝統ある組織を背負っているわけではないので、気楽にリスクを採る事が出来ます。それが後日、「迅速な判断だった」と評価されるのか「軽卒だった」と批判されるのか、何れにしても運の要素の大きな「賭け」という事になります。結果を御期待下さい。

 今回は以上です。

 



 *1 過去の鉱工業生産と輸出数量をグラフ化すると、大変良く似た動きをしています。これは、内需向け出荷が比較的安定している事を示す物です。そうなると、今回だけ内需向け出荷が激減したと考える理由はありませんから、おそらく両者は連動して落ちているのでしょう。

 


以 上

本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
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