2012年12月23日

塚崎 公義

 

政策提言 「労働力を貯めておく」



(要旨)
 現在は労働力が余っている(失業が問題である)が、将来は労働力が不足する事が予測される。したがって、日本に必要なことは「労働力を貯めておく」ことである。
 第一は、出生率を高めること。子供は短期的には子供用品などの需要を生み、将来的には労働力となる。潤沢な子供手当を支払えば、フリーター同士でも将来の不安なく結婚して子育てができ、保育園の待機児童を解消すれば共働き夫婦が安心して子供を産める。
 第二は、円安で輸出を伸ばし、海外に資産を蓄える事。対外投資を優遇措置などで促進すれば円安が進み、輸出が増えるので、短期的には労働力需要が増える。将来的には対外資産を取り崩して労働集約的な製品を輸入する事が可能となる。ただし、優遇対象は国内の雇用と競合しない案件に限る事が重要。
 第三は、長期間使える住宅等を建てる事。補助金などで頑丈な住宅を増やせば、建設労働者の需要が短期的に増え、将来的に減る。地震対策にもなる。高度成長期に作られたインフラの更新投資も今のうちに行なうべき。
 財政赤字を過度に気にする必要は無い。増税で失業者を増やすのは、労働力を貯めずに捨てるものである。財政赤字は、労働力不足の時代になれば、今よりも容易に減らせる。失業や景気悪化を気にせず増税出来るからである。労働力不足でインフレ圧力が高まった時に、金融引き締めではなく緊縮財政で応じれば、金利上昇による国債利払いの増加が防げ、財政赤字が減り、しかもインフレが防げるという一石三鳥の効果が見込めるのである。
 国債が暴落する可能性はあるが、外貨建ての負債ではないので、被害は大きくない。暴落した国債を公的年金など広義の政府部門が購入すれば、国債保有者の損失と同額の利益を政府部門が得るからである。国債が暴落すれば資金逃避が起きて円安になるが、これが輸出を促進する効果、外貨準備が高値で売却できる効果なども見込める。


(1)労働力を貯めておく必要性
 バブル崩壊後、日本経済は長期にわたって低迷している。その原因が需要側にあるのか供給側にあるのか、活発に議論されているが、本稿はこれには深入りせず、需要不足が原因であるとの立場に立つ。供給側に問題があるとすれば、デフレではなくインフレになるはずだから、というのが論拠である。
 需要が足りないために生産物が余り、これを海外に売りたくても円高で売れず、企業が生産を絞るために失業(潜在的失業を含む)が生じる。緊縮財政は失業問題を一層深刻化させるために選択されにくく、財政赤字は拡大する、というのが最近の日本経済の姿である。
 しかし、今後は高齢化が進み、使う人と作る人の比率が変わるため、供給力不足、労働力不足の時代が来る。失業問題から解放され、女性や高齢者を含めて働く意欲と能力のある人が活き活きと仕事に従事出来る社会は、ある意味で明るい社会であり、世の中で一般に思われているほど暗い時代ではないが、それでもインフレが生じやすいなどの問題ももちろん懸念される。
 こうした状況下、経済政策を考える際に重要な事は、将来の事を考えて労働力不足対策を行なうと、現在の労働力余剰が悪化してしまいかねない、という事である。たとえば、労働力不足に対処すべく外国人労働者を活用しよう、といった選択肢は、労働力が不足してから検討すれば充分であり、現段階で採用すれば日本人の失業者を増やすだけである。
 日本経済の生産性を高めよう、という方針も、下手をすると逆効果となりかねない。需要が増えずに労働生産性が上昇すれば、今までより少ない生産者で需要を満たす事が出来るようになり、失業が増えてしまう可能性があるからである。反対に、生産性を今焦って引き上げなくても、労働力が不足してくれば、おのずと生産性の低い分野は生き残れなくなるので、日本経済全体としての生産性は自然に高まるであろう。つまり、生産性を引き上げる事は、今の日本経済にとって、少なくとも優先課題とは言えないのである。
 労働力が今余っていて将来足りなくなるのであれば、日本経済にとって最も必要な事は労働力を「貯めておく」ことである。もちろん労働力自体を冷凍保存するわけにはいかないから、何かの形で残しておくのである。第一は、出産を奨励する予算を奮発して若者が子供を産むように誘導する事である。第二は、輸出で外貨を稼いで海外に資産を持つ事である。第三は、堅固な住宅やインフラを作る事である。個々の効果は後述するが、共通点は、現在の労働力需要を高めて将来の労働力供給を増やす(あるいは労働力需要を減らす)効果を持つ政策だという事である。
 政策には経費がかかるので、財政赤字が拡大することになるが、財政赤字には暫く目を瞑る必要がある。無理に財政再建を焦れば景気が悪化して失業が増加してしまうからである。将来、労働力が不足して失業問題が解消した段階で財政再建を図れば、今よりも遥かに容易に事が進むのである。この点についても後述する。


(2)出生率を高める
 子供の数が増えれば、短期的には子供用品などの需要が増えて需要不足や労働力余剰が緩和され、将来的には子供が育って労働力となり、納税者となる。今余っている労働力を子供用品の生産などに活用し、将来足りなくなる労働力を育てるという事であるから、子供の数を増やす事は、労働力を貯めておくことに他ならない。
 子供を産むか否かは若者の自由であるから、出産の強制は絶対に許されないが、補助金等々により子供を産むように誘導する事は問題ない。エコカーに乗るか否かは個人の自由であるが、エコカー減税で消費者を国益に沿う方向に誘導する政策は、特に問題ない。それと同様である。
 実際には、若者の多くは結婚したいし子供も欲しいと考えているが、何らかの事情で希望が実現していない。経済的な事情や保育園の不足といった種々の障害物を取り除いて彼等の希望を叶えやすくする事は、強制とは逆の政策であると言えよう。
 若者が子供を産むようにするための正攻法は、女性が働きやすい職場を作ることである。現在、多くの職場では、正社員の女性が出産で退職すると、正社員としての復帰が難しいため生涯所得が大きく減少する。これは働く女性に出産を躊躇させる要因であるから、これを改善していく必要があるのである。育児休暇を取得しやすくする、短時間勤務を認める、一旦退職しても育児が終了したら元の職場に復帰できるようにする、といった職場側の対応が望まれる。加えて、父親の育児参加が進むように男性の意識と男性の職場の意識を変える事、等々も重要である。政府としては、こうした職場などが増えていくための啓蒙活動など地道な努力を続けていく必要がある。もっとも、即効性のある特効薬があるわけではないので、本稿で政策を提言する事は容易ではない。
 出生率を高めるために、より即効性があり可能性が高いのは、金銭的な理由で子供を産まずに我慢している若者に金銭的なインセンティブを与える事である。たとえば子供手当てを一人月額10万円ずつ18年間配るとしたら、フリーター同志の夫婦でも安心して出産出来るであろう。現状では、非正規雇用の男性は正規雇用の男性より結婚する比率が低いが、これは金銭的な事情で結婚できず、したがって出産も出来ない若者が数多く存在するという事である。この障害を取り除けば、出生数は大幅に増加するものと期待される。
 こうした歳出には、出生数の増加以外にも副次的なメリットがある。育児期の若者は消費性向が高いため、配布した子供手当ては、一般の減税よりも消費に回りやすく、景気刺激策としても有益なのである。
 金銭的なインセンティブ以外の政策としては、保育園の待機児童の解消などが挙げられる。社会進出をしている女性の中には、保育園が足りないから出産を諦めているという人も大勢いるはずである。したがって、保育園を大量に作れば(幼稚園との一元化促進なども同様)出生率は向上するはずである。産婦人科や小児科の医師が不足している事も女性が出産を躊躇する一因であるとすれば、産婦人科や小児科の診療報酬を大幅に引き上げるなどの対策を講じる必要がある。このように出産の妨げとなっている障害物は万難を排して取り除いていかなくてはならない。なお、保育園などを大量に作れば、それ自体が雇用対策となるということも、付随的なメリットとして挙げられる。
 ここまで「労働力を貯めておく」という観点から出生率向上策を論じてきたが、そもそも人口減少を止めるという観点から考えても、少子化対策は急を要する。出産適齢期の女性が急激に減りつつある現在、早急に若者の出生率を高めなければ人口減少を止めることは加速度的に困難になる。このことを充分に認識した上での、大胆な政策が必要なのである。
 少子化対策を断行する上での障害は、政治的な発言力の強い高齢者が興味を示さない事である。これについては、未成年者にも投票権を与えて親権者に代理投票させる、等々の案が考えられるが、高齢者自身の投票行動を変更するインセンティブも考える必要がある。たとえば、出生数が高まった年は年金を多めに支払う、といった制度である。
 財源については、生まれた子供が将来納めることになる税金を充てればよいのであるが、子供がいない人から税金をとるという選択肢もある。育児の費用を負担して子供を育てた夫婦と比較すると、彼らは育児費用を払わずに将来の若者の支払う税金や社会保険料の恩恵に与ることになるから、その分だけ納税する事が公平とも考えられるからである。配偶者も子供もいない人が亡くなった時には、遺産を兄弟などが受け取るのではなく国庫に納入するように相続の仕組みを変更するという選択肢も要検討である。それ以外にも、少子化対策の重要性を充分に認識し、あらゆる選択肢を考えるべきである。


(3)外国に資産を持つ
 労働力が余っているのであれば、余った労働力でモノ(本稿では、財のみならずサービスを含むものとする)を作って外国に売り、稼いだ外貨で外国に資産を持てば良い。外貨の資産は、将来日本が労働力不足に陥った際に売却して労働集約的なモノを輸入するために用いる事ができる。つまり、輸出促進も、立派に労働力を「貯めておく」手段なのである。輸入を減らして国産品を使うようにする事も、同様の効果をもたらすことになる。
 輸出を促進し、輸入品を国産品で代替するために最も効果的な事は、為替レートをドル高円安に誘導する事である。円安にするには外貨を買えばよい。つまり、外貨資産を日本人が積極的に買う事が有効な政策だということになる。
 最も簡単なのは、政府が為替介入を行なって、獲得した外貨で米国債を購入する事である。これには、短期的に輸出を促進したり将来の輸入に外貨を用いたりする、という以上の非常に大きな意味がある。それは、外貨準備を積上げる事が将来の国債暴落に対する予防措置となるからである。
 仮に将来、人々が政府の返済能力を疑って国債の売却に走り、国債相場が暴落するとしよう。国債を売却した者は売却代金を海外にシフトするであろうから、外貨を買うであろう。そうなれば、外貨が値上がりする。そうなると、政府が保有する外貨準備の価値があがり、政府のバランスシートが健全化する。つまり、人々が政府のバランスシートに懸念を持てば持つほど実際のバランスシートは健全化することになるのである。
 もっとも、実際に日本政府が巨額の介入を行なえば、外国政府の批判を受けるであろうから、実施は容易ではない。そこで、同様のメリットを得るために年金積立金管理運用独立行政法人(以下、公的年金と記す)が外貨で運用する事が考えられる。これならば、国際分散投資であるから、諸外国も批判しにくいであろうし、種々のメリットも大きい。たとえば仮に国債が暴落して政府の資金調達が困難化した際に、公的年金が保有している大量の外貨が値上がりしていれば、年金支払に対する政府の一部負担を凍結する事が可能になり、財政に資することになる。更には高値で外貨を売却した代金で暴落した国債を買い集める事によって、国債市場が安定すると同時に公的年金の財政自体も大幅に改善しよう。
 銀行など、国債を多額に保有する主体に外貨投資を勧める事も、有益であろう。ポートフォリオとして国債と外貨を保有すれば、国債暴落のリスクに備える事が出来るからである。適切なポートフォリオを構築した銀行等に対しては、自己資本比率規制上の優遇策を講じたり投資リターンを非課税にしたり、といった優遇策を講じることで、外貨投資は大いに促進されるであろう。
 民間の対外直接投資も国策として促進すべきである。まず、民間が海外の資源開発を行なったり農場経営を行なったりする事は、円安を促進するのみならず、将来の日本の食糧・エネルギー安全保障にも資するものであるから、是非とも促進すべきである。民間にはリスクが大きすぎるという場合には、政府がプロジェクトのリスクを一部引き受ける事が望ましい。安全保障の部分は民間企業にとってみれば「外部経済」であるから、この部分を政府が収益補填あるいはリスク補完して民間のインセンティブを高める事は、市場の失敗による過小投資を是正するための合理的な施策だからである。
 資源開発や農場経営には、今ひとつのメリットもある。万が一ドルが暴落した場合、米国債を持っていると紙屑になってしまう可能性があるが、資源開発や農場経営ならば資源や食料といった現物が手に入るため、紙屑になるリスクが無いのである。
 食糧、エネルギー安全保障とは直接関係のない案件でも、海外投資を促進する事は、一般論としては望ましい。アジア諸国の成長を取り込むために投資を行なおうと考えている民間企業は多いはずであるから、政府が多少の支援を行なって背中を押してやれば、投資が大幅に増えることが期待できる。この場合の政府の支援は、収益補填というよりリスクの引き受けが中心となろう。
 ここで難しいのは、国内の雇用に悪影響を及ぼすような対外直接投資については政府が支援してはいけない、という事である。そうしたプロジェクトを政府が支援するとすれば、失業対策も行なう必要が生じ、二重の負担を負うことになるだけであって、問題の解決には全く資さないからである。海外での販売網の構築などは問題がないが、製造業の海外現地生産については、国内の雇用に有害でない事を補助金申請者が疎明することを要件とすべきであろう。


(4)住宅やインフラを堅固化する
 住宅などを耐久性のあるものに建て替えるためには、多くの労働力が必要である。一方、将来の建て替えが不要になる事から、将来の労働力需要は減少する。つまり、住宅の堅固化は、労働力を貯めておいたのと同様の効果が得られることになる。欧米先進国では100年以上前のビルをメンテナンスしながら今でも使っている例が多いのであるから、日本でも同様に100年以上使えるビルを数多く建設する事は合理的である。ついては、民間住宅の堅固化工事に補助金を出すなどして堅固化を誘導、促進すべきである。
 インフラの更新も同様である。高度成長期に作られたインフラの多くは更新期を迎えつつある。これらを労働力の余っている今のうちに堅固なものに更新しておく事が、労働力を貯めておく効果を持つ。
 住宅の堅固化やインフラの更新は、防災にも役立つ。これも、大規模地震などへの関心が高まっている現在、国民の安心感に資する重要な事柄である。また、住宅の堅固化は、同時に省エネ性能も向上させる場合が多いであろう。これも地球温暖化対策、資源輸入量の抑制、当面必要とされる節電、等に資することになろう。
 重要なことは、更新して堅固化すべき住宅やインフラを選別する事である。これから日本は人口が減少していくので、すべての住宅やインフラが30年後も使われるという事は無いからである。特に、労働力が不足すると維持できなくなる地域が増えてくる事には留意が必要である。
 たとえば高齢者100人だけが住む島があるとする。食糧を届け、病人を病院に運ぶためには船の運航が必要であるから、そのために税金が使われているとする。現在は、船の運航に必要な人員を雇う事が失業対策としての意味を持っているので、船の運航は高齢者サービスと失業対策の一石二鳥である。
 しかし、労働力が不足する時代になると、日本経済として船の運航に人手を割けなくなる。そうなると、島の高齢者に補助金を出して本土への移住を促す必要が出てくる。船の運航という非効率を維持するための税金ではなく、非効率を廃止するために税金を使う事になるのである。企業がリストラをする際に支払う割増退職金の発想である。高齢者たちは、生まれ育った島を離れることになるが、それは仕方のない事なのである。
 そうした事が予想される場合、遠からず放棄される島の住宅を建て直したりインフラを更新したりする事は、労働力を貯めておくことにはならないので、避けるべきである。ついては、現段階で、どの島が30年後にも維持され、どの島が放棄されるのか、という線引きが行なわれる必要がある。島に限らず、山間の寒村などについても同様である。
 これは、人口減少時代の国土利用計画を策定する事に他ならない。数十年後も利用する地域と数十年後は自然に戻る地域とを峻別し、各個人はそれを参考にして住む場所や働く場所を選択していく、という事が必要なのである。手始めに、東北の被災地復興に際し、たとえば被災した漁港をすべて復旧するのではなく、数十年後も残すべき中核漁港を政府が決めて、そこだけを立派に整備し、それ以外の漁港については補助金を支払って中核漁港への移転を促す、といった事が必要である。
 これは、弱者に対して厳しい政策のように見える。しかし、日本経済が労働力不足の時代を迎えて効率化を迫られた時には、避けられない選択である。その事を今のうちから明確化しておく必要がある。そうでないと、弱者にとって一層過酷な事態が生じかねない。たとえば小さな島の零細な漁港を復旧し、少数の高齢の漁師が家を建てて漁を再開したとする。しばらくして引退する漁師が増えて漁港が維持出来なくなった時に、結局は島民全員が新しい家を放棄しての引っ越しを余儀なくされる、といった事態が予想されるからである。


(5)性急な財政再建策を避ける
 子供手当ての増額、保育園の増設、政府や年金基金による外貨の購入、対外投資に際してのリスク分担、住宅建て替えへの補助金、インフラの更新、などの政策を論じてきたが、これらの政策の多くは、財政支出を伴なうものである。
 そうなると、必ず財源の議論が出てくる。増税するのか他の予算を削るのか、いずれかによって財源を確保しないと、財政赤字が膨らんでしまうというのである。しかし、労働力の余っている現在の経済状況に於いては、性急な財政再建策は、景気を悪化させ、失業を一層増加させることになりかねない。失業は、労働力を貯めずに腐らせてしまうものであるから、是非とも避けるべきである。
 景気は、ひとたび回復をはじめると、そのまま回復・拡大を続ける好循環にはいる。景気の自律的回復と呼ばれるものである。そのため、性急な増税などをせず、リーマン・ショックなどの外的ショックも無いとすると、税収も自動的に増加していく。つまり、景気は税収という金の卵を産む鶏であり、性急な増税でこれを殺す事はむしろ財政再建を遠ざけることになりかねない。
 一方、高齢化が進み、労働力が慢性的に不足する時代になれば、増税は今よりも遥かに容易になる。増税をしても失業が増えることは無いので、景気の観点から増税に反対する論者は少ないはずであり、むしろ賃金と物価に恒常的な上昇圧力がかかる時代に於いては、景気抑制のための引き締め気味の財政金融政策が採られる事になるからである。更に、景気の抑制に際しての主役は金融政策ではなく財政政策となろう。政府の利払負担を考えると、ポリシーミックスとしては弱い金融引き締めと強い緊縮財政の組み合わせが合理的となるからである。そうなれば、ほぼ自動的に財政は健全化に向かうのである。
 政府の借金が積み上がっても、強固な意志さえあれば、財政が破綻する事はない。借金は円建てであるから、最終的には大増税を行なえば良いからである。
 国債が暴落したら、公的年金やゆうちょ銀行などが国債を購入すればよい。売却した投資家が損をした分だけ公的年金やゆうちょ銀行が得をするので、広義の政府部門のバランスシートは改善する。
 それでも足りなければ、日銀が暴落した国債を購入すればよい。日銀の国債購入によって市場に資金が出回るとインフレ懸念が高まるので、インフレ抑制のために増税を行なえばよいのである。増税法案が通過するまでの期間は、預金準備率を引き上げる事で時間稼ぎをする事も可能である。
 財政赤字は次世代へのツケ回しだと言われるが、過度な心配は不要である。高齢者は多額の金融資産を保有しているが、その多くは「長生きするリスク」に対する保険であり、実際には使われずに相続される。つまり、次世代は政府債務を返済する義務と共に高齢者の金融資産も相続する事になるのである。
 政府の借金は、いずれかの時点で増税によって返済される。それが今であれば、現在の世代の資産が減り、次世代への遺産が減る。増税が将来であれば、現在の世代の資産が減らず、次世代に遺産が渡る。世代間の問題は、それだけの事である。極論すれば、一切増税せずに高齢者が遺産を遺して他界する状況が続けば、最後は少子化によって日本人が一人になり、彼(女)が全ての金融資産を相続し、それで政府の負債を返済するので、何も起きないのである。
 むしろ問題は、次世代内で遺産が相続出来る人と出来ない人の格差の問題である。こうした格差を是として消費税増税で財政再建を図るのか、相続税増税で格差を解消しようとするのか、等々は極めて重要な問題であるが、多分に政治的な問題であるから、本稿はこれには言及しないこととする。


(6)外国人の単純労働者は受け入れない
 将来は労働力が不足するのであるから、外国人の単純労働者を受け入れるべきだ、という意見があるが、賛成できない。労働力が不足気味であることで、働く意欲と能力のある人々が活き活きと働く事が出来、適度なインフレ圧力があることで緊縮財政政策が正当化され、財政が再建されるのであって、外国人単純労働者を受け入れることによって労働力不足が解消されてしまえば、女性や高齢者の働く機会が外国人単純労働者に奪われ、増税が失業を生むという現在の構造が続いてしまって財政が再建できなくなってしまうからである。
 しかし、外国人技術者、研究者などは積極的に受け入れるべきである。優秀な人材を世界中から集める事が日本の国際競争力を維持していくために必要だからである。そのためには、企業や研究所などが外国人技術者などを積極的に受け入れる事が必要であるが、政策としても彼等が快適に生活できるような環境作りが必要であろう。


(7)経常収支の赤字を避ける
 外貨建ての対外債務を大量に負っている国は、自国通貨が暴落した時に非常に大きな打撃を被る。一つには、債務者が返済のために外貨を調達する時に、借りた時よりも遥かに多くの自国通貨を必要とするからであり、今一つには、債務者が返済のために外貨を購入する行為自体が自国通貨を一層暴落させ、他の債務者の返済負担を一層増す事になるからである。加えて、そうした事態が予想される時には、投機筋などが自国通貨を売却して外貨を購入することで、暴落が増幅されかねない。
 しかし、現在の日本では、対外債務はほとんどが円建てであり、対外債務を大きく上回る対外債権を外貨建てで保有している。こうした状態であれば、仮に自国通貨が暴落したとしても、被る被害は小さい。
 日本政府の国債償還能力に市場が疑問を抱いた場合には、投資家が国債を投げ売りするかもしれず、国債は暴落するかもしれない。そうなった時には、国債を売却した投資家は売却代金を日本国内で再投資するとは考え難い。政府でさえも破綻するかもしれない国に安全な投資対象など見つけられないからである。日本人であれば現金で保有するかもしれないが、殆どの外国人は円を外貨に換えて持ち出そうとするであろう。
 多くの外国人が円を外貨に換えると、円は暴落する。そうなると、外国人は巨額の円資産を僅かな外貨に換えて持ち出す事になり、大きな損失を被る。一方で、日本人は、巨額の外貨建て対外資産を保有しており、その価値が一気に拡大する事になる。円の暴落で損するのは外国人、得するのは日本人である。
 特に大きな利益を得るのは日本政府である。日本政府は巨額の外貨準備を保有しているため、その評価益は莫大なものとなる。また、民間企業の保有する外貨が巨額の評価益をもたらすため、民間企業は巨額の法人税を支払うことになる。こうして日本政府のバランスシートは一気に改善するのである。
 このことは、日本は現在の対外債権債務のポジションを是非とも維持すべきである事を意味している。労働力が不足すれば労働集約型製品を外国から輸入すれば良い、と気楽に考える事は危険である。仮に将来そうした事をするのであれば、今のうちに大いに輸出をして、その分の外貨建て資産を積上げておく事が必要であろう。そして、積み上げた外貨建て資産を取り崩しながら労働力不足を凌いでいく、という姿になるのである。


(8)明るい未来像を思い描く
 個々の対策に加え、重要な事は、将来に対する過度な悲観論を払拭する事である。悲観論は消費や投資や出産を手控えさせ、上記諸政策の効果を削いでしまいかねない。たとえば財政バランスの厳しさを強調する事は、増税の必要性を訴える目的には資するが、人々の明るい未来像を描きにくくさせる面もある事を忘れてはならない。
 失業がなく、皆が活き活き働ける、意外と活力のある時代だという将来展望を人々が幅広く共有する事が、上記諸政策の有効性を高めるためにも求められるところである。
 そのためには、政府として長期の見通しおよび将来へのビジョンを明確に示す事が必要である。それにより、人々の将来への漠然とした不安が和らぎ、住むべき場所、就くべき職業等々を含めた将来設計を行なう事が出来るようになり、教育も投資も効率的に行なわれるようになるであろう。

 今回は以上です。

 




 


以 上

本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
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