2016年03月05日

久留米大学商学部教授
塚崎 公義

 

アベノミクス景気は謎だらけ


(要旨)
・アベノミクス以降の景気動向は、従来の常識では説明困難な事象が多発しており、景気の専門家も起きている事の説明に苦慮している状況。
・世の中に資金が出回らなかったのに景気が回復したこと、円安なのに輸出入数量が変化しないこと、ゼロ成長なのに雇用情勢も企業収益も絶好調であることなどは、論者により説明が大きく異なり、説明困難と考えて言及しない論者も少なくない。
・兎にも角にも安倍内閣発足以前より景気は改善しており、アベノミクスが景気を回復させたと考えて間違いない。

(「おまけ」の要旨)
・エコノミストは、景気を予測するのが仕事である。市場参加者が「ファンダメンタルズ」を考える際の参考になるはず。
・エコノミストは、多くの経済指標を分析する。市場参加者が注目する指標であるか否かは問わない。
・エコノミストは、大きな景気の流れを見極めようとするため、個々の経済指標に一喜一憂しない。何ヶ月か悪い指標が続いて始めて「景気は悪化しつつある」と判断する。

(本文)
・最近の景気を巡っては、不思議な現象が多発
アベノミクス以来、従来の常識では説明が困難な現象が多発しており、景気予測の専門家たちが現状説明に四苦八苦している。筆者も以下で、自分なりに不可思議な現象の説明を心がけることとする。

・金融緩和の偽薬効果で景気が回復
リフレ派は、金融緩和をすれば世の中に資金が出回って景気が回復すると予測していた。反対派はゼロ金利下での金融緩和は効果が無いと予測していた。実際にはゼロ金利下での金融緩和が株高、ドル高をもたらし、景気を回復させたのであるが、世の中に資金が出回ったわけではないので、どちらの予測も誤っていた事になる。「金融が緩和されれば世の中に資金が出回ってドルや株が値上がりする」と考えた投資家がドルや株を買った事が景気を回復させたので、これは「偽薬効果」とでも呼ぶべきものであった。金融緩和は、世の中に資金を出回らせる事ができなかったのに、出来た場合と同じ効果(の一部)を実現できたからである。このあたりの経緯に興味のある読者は、2013年8月の拙稿「アベノミクスと為替相場」を参照されたい。

・円安でも輸出入数量は変化せず
1ドルが80円から120円に変化したのに、輸出入数量にはほとんど変化が見られていない。輸入数量は若干減っているようだが、輸出数量は全く増えていないと言って良い。
円安当初は「企業が円高期に工場を海外に移転したから」という説明がなされていたが、さすがに円安が始まって3年も経つと、この説明では不自然である。日本企業が「再び円高に戻るリスクがあるので、生産の国内回帰に踏み切れていない」といった要因が強いのかもしれない。それならば、円安傾向が持続し、企業経営者が円高に戻る可能性は小さいと考え始めるまで、本格的な輸出の回復は見込めないのかも知れない。人口が減少する日本ではなく、成長しそうな海外で生産する方が良いと考えている企業も多そうである。そうなると、生産の国内回帰は一層難しいかもしれない。
一方で輸入は、消費者が「国産品の方が安いから輸入品は買わない」と思えば減るので、輸出数量増よりも輸入数量減の方が先に生じそうだ(現に起き始めているようにも見える)。

・ゼロ成長なのに雇用も企業収益も絶好調
アベノミクスで景気が回復したと言われているが、成長率を見ると2013年度が2%、2014年度が−1%程度で、今年度の成長率予測(ESPフォーキャスト平均)も1%以下である。これは「概ねゼロ成長」と言えるレベルである。
にもかかわらず、雇用情勢は絶好調で、有効求人倍率は高く、各種アンケートでも人手不足感が強い。脱デフレで値下げ競争からサービス競争に移行している事が一因かもしれないが、それだけでは到底説明し切れるものではない。
企業収益も絶好調である。ゼロ成長で企業収益が絶好調となれば、労働者にしわ寄せが行っているのかと言えば、そんな事も無い。原油価格下落は一因であろうが、それだけでは到底説明し切れるものではない。
筆者は、GDP統計に若干の疑問を感じているが、仮にGDP統計が上方修正されたとしても、雇用と企業収益の絶好調を説明できるようなものにはならないであろう。今後とも、この違和感の解明は筆者の課題である。

・結局アベノミクスは成功したのか
経済政策の目標が、「インフレも失業も無い世の中を作ること」だとすれば、今の日本経済ほど理想的な状況は考えられない。一方、多くの庶民は景気回復の実感が得られずに消費税率の引き上げ分だけ生活が苦しくなったと感じている。
結局、アベノミクスの恩恵が株を持っている富裕層と失業を免れた最下層に集中し、一般庶民に及んでいないため、景況感がバラバラになっているのであろう。
しかし、兎にも角にもアベノミクスにより株とドルが値上がりし、株高で高級品が売れるようになり、円安で外国人観光客が増加した事、公共投資で建設労働者が不足するようになった事、などを考えると、アベノミクスが景気を回復させたと考えて良いであろう。
景気の回復速度は充分ではないが、安倍政権発足前と比べれば、明らかに景気は改善している。消費税引き上げ(これはアベノミクスと無関係)が無ければ、景気は更に良くなっていた筈であるから、アベノミクスの景気回復効果は決して小さくなかったと考える事も可能であろう。
なお、アベノミクス全般について興味のある読者は、長文であるが2015年4月の拙稿「アベノミクスの狙いと成果」を参照されたい。

以上

(おまけ:エコノミストという仕事)
・筆者の仕事は、景気を予測すること
読者は、株式投資の参考になる情報を求めて当欄を御覧になっているはずである。株式投資に役立つ調査レポートとしては、通常読まれるのは「アナリスト」のミクロ情報と「マーケット・エコノミスト」のマクロ情報と「ストラテジスト」のマーケット情報であろう。アナリストはは個別企業の情報を分析し、「当社の株価が他の銘柄よりも上がりそうであるか否か」を分析するものである。マーケット・エコノミストは経済指標の予測などを含めて「平均株価や金利や為替がどう動きそうか」を論じるものである。ストラテジストは、経済指標の予測以外の方法で株価や為替や金利を論じるものである。
それに対し、筆者は「エコノミスト」である。アナリストやストラテジストとは分析の対象が明らかに異なるので、論じるまでも無いが、マーケット・エコノミストとは分析対象が近いので、混同している読者が多いかもしれない。場合によっては、書き手も自分の軸足が定まっていない場合もあり得るが(笑)。

・筆者の情報が株式の投資家にも役立つと期待
マーケット・エコノミスト(時としてエコノミストと名乗る場合があるので紛らわしいが)は、平均株価等を予測する手段としてマクロ経済を論じるが、エコノミストはマクロ経済を予測する事自体が目的である。筆者の仕事は景気そのものを予測する事であり、設備投資計画や生産計画を立てる企業経営者、景気対策を考える政府・日銀などへの情報提供を主目的としているが、株式投資を考える投資家にも役立ちたいと考えて、本欄に寄稿することとしたものである。市場参加者が「ファンダメンタルズから考えて今の株価は・・・」という時の「ファンダメンタルズ」が来年にかけてどう変化していくかを考えるのがエコノミストだと考えていただければ良いと思う。
たとえば、今夏に「中国経済で大問題が発生し、世界経済が混乱する」と考えて株を売った投資家がいるとすれば、筆者のレポートを読んでいれば売らずに済んだかも知れない。もちろん筆者の予測が外れることもあるが、「筆者の予測が高い確率で当たるのであれば、株式の投資家にも役立つはずである」という事は言えると思う。だからこそ、本欄に寄稿するものである。

・米国雇用統計、金融政策等への注目度が低い
具体的な違いを筆者なりに挙げるとすれば、「人々が注目する指標に注目するか否か」「反応が素早いか否か」の2点である。
マーケット・エコノミストは、米国の雇用統計に対する言及が多い。これは、雇用統計でマーケットが動くからである。一方、エコノミストは米国の雇用統計を「多数の経済統計のうちの一つ」として扱い、特に重視はしない。また、金融政策に関しても、マーケット・エコノミストは強い関心を示す。金融政策により市場が大きく動くからである。しかし、エコノミストは金融政策には余り関心を示さない。「金利が0.25%上昇したから設備投資を諦めた」という企業は少ないからである。
従って、筆者の寄稿文には米国雇用統計や日米金融政策に関する記述がほとんど無いかもしれないが、違和感を感じずに読んでいただければ幸いである。それは読者が読みなれているレポートと本質的に異なるものだからであって、喩えるなら「フランス料理に刺身と天ぷらが無くても違和感を感じないで欲しい」と言うようなものであろう。

・反応が素早くない
エコノミストは、景気の大きな流れを見極める事が仕事であるから、一つの統計を見て一喜一憂しないように訓練されている。統計は時として振れるので、何か月か悪い数字が続いて初めて「景気の大きな流れが変わったのかも知れない」と考えるのである。
一方で、マーケット・エコノミストは市場の動きに先んじて素早く発言しなければならないので、統計が発表されると直ちにコメントする必用がある。そこで、良い数字が出れば「景気は強いから金融引き締めがありそう」と発言し、翌月に悪い数字が出れば「金融引き締めは先送りになりそう」と発言したりする。
これをエコノミストたちは「節操がない」と批判する。「雨が降ると洪水が心配だと騒ぎ、雨が止むと水不足が心配だと騒ぐようだ」というわけである。一方でマーケット・エコノミストはエコノミストの事を「悠然としすぎている」と批判する。「堤防が決壊してから初めて洪水が心配だと言い始める」というわけである。
こうした違いも、目指す目的が違うことから生じるので、善悪や正誤というわけではない。読者は、それぞれの発言者の立場を理解した上で、レポートを読み分けるように心がけていただければ幸いである。

以上

P.S. 本稿は、2015年11月30日に株式会社TIWに寄稿したものを、同社の御了解をいただいて、ここに転載するものです。

 




 


以 上

本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。
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